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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第九章 代理人、パパラッチされる

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17. 復讐

 鼻歌まじりにナイフを動かしながら薫はリンゴの皮を剥いている。ベッドに横になった秋人は、その姿をぼんやりと眺めていた。熱を出すなんて初めてだった。


「うさぎー」

 皿に綺麗にリンゴが並ぶ。赤い皮がうさぎの耳のように削られている。

「薫…」

 小さく彼の名前を呼ぶと、薫は首を傾げた。

「起きたか?熱はまだ少しあるな…」

 秋人の額に薫の掌が当てられた。少し冷たいそれが心地よくて秋人は目を閉じる。

「ごめん。仕事あるのに」

「大丈夫。金子がいるから」

 金子達也はなんだかんだでまだ加藤法律事務所に残っている。薫のいない間に秋人の依頼を受けて雑誌社を買収したことの後処理のためだ。

「勝手したんだから、責任をとれ」

 という薫の言葉に

「理不尽だ」

 と彼は嘆いていた。



「金子さんって、どうしてあんなにお金貯めてるの?」

 少し体を起こして、薫が剥いたリンゴを食べながら尋ねる。


 秋人の頼みを聞いてくれる代わりに彼が要求したのは金ではなく、ダンジョンへ行きたいという願いだった。ダンジョンでジョブを得る、レベル10になるまで付き合ってほしい。それが金子の報酬として指定されたものだった。


「金子の弟さんはダンジョンブレイクに巻き込まれて『瘴気中毒症』を患ってるんだ」

 薫が器用にリンゴを剥きながらそうぽつりと呟いた。


 瘴気中毒症というのは、ダンジョンブレイク時に一般人が巻き込まれてなる病気だ。24時間未満で救出された時にたまにみられる症状で、瘴気の中でしか生きられなくなる。彼の弟は小さな部屋に人工的に抽出された瘴気の中でしか生きられない。


 これを克服する方法は2つ。万能薬というエリクサーの上位薬を手に入れるか、ダンジョンでジョブを得て探索者(シーカー)になるしかない。


「金子の弟さんは、ダンジョンでモンスターに足をやられたから歩けない。その状態で探索者(シーカー)になるためにダンジョンの中に24時間いるのはかなり危険度が高い」

 ダンジョンまで瘴気を切らさず移動し、さらに腕利きの探索者(シーカー)を揃えて護衛として、24時間ダンジョンの中で過ごす。かなり厳しい条件だった。何かあった時に置いて行かれては目も当てられない。それを防ぐために、金子は自ら探索者(シーカー)になるつもりなのだろう。


 予算的にも莫大な金がかかる計画だ。

 オークションなどで万能薬が出た場合も対応できるように、金子は弟がダンジョン災害にあって以来、ずっと金を溜めている。

 服装がやたらと金がかかっているのは、貧乏な見た目の人間には支払いをケチる輩が多いからだそうだ。いかにも金を持っている格好の人間には、金払いがいいらしい。世の中は理不尽である。



 秋人はその話を聞いて、首を捻った。

「金子さん、なんで僕に頼まないんだろう」

「護衛か?」

「ううん。万能薬。取ってくるよ」

「ん?」

「新潟の第三ダンジョンの深層にある。ちょっと川を渡るのにコツがいるけど、5回くらい取りに行ってるから大丈夫だよ」

「そうか…」

 薫は秋人の額の辺りをそろそろと撫でた。

「じゃあ、元気になったら行こうか、新潟」

「うん」

 秋人は小さく笑って、またうとうとと眠りについた。



 薫は、ふと数日前の出来事を思い出していた。

 秋人と二人で自宅へ帰る途中、彼が待ち伏せしていたのだ。

「向田…」

 向田篤弘はなぜか顔に絆創膏を貼った状態で、不機嫌そうに突っ立っていた。


「会見はどうだったかな。ずいぶん仲良さそうに歩いてきたが、また写真撮られないといいな」

 ニヤリと笑う。

「あの写真はお前か…」

 雑誌の取材は薫が入院してから現れた。なので、週刊文秋に掲載された秋人と薫の二人で写っていた写真の出所が不明だったのだ。

「薫ったら酷いよ。こんな10代の孤児に誑し込まれるなんて。俺というものがありながら」

 そう嘯く男に秋人が不快気に眉を上げるが、薫が片手でそれを制した。


「やっぱりな…」

 薫は静かに頷く。

「何?俺の求愛を受け入れる気になった?」

 向田が芝居のように腕を広げる。しかし、薫は大きく首を振った。

「大学の時から思ってたんだが、あの時は流石に色々ありすぎて冷静じゃなかったから自信がなかったけど、今なら分かる」

 薫が静かに告げる。

「お前、俺のこと好きじゃないだろう?」

 空気が凍った。

「な、なにを言って…」

 向田が動揺を隠せず、小さく呟く。しかし、薫の指摘は止まらない。

「どう見ても、お前には変態センサーが働かない。お前の目には連中に共通する色がない。あるのは、すごく冷静な計画性と憎しみだけだ」

 向田が押し黙った。

「お前は俺が不幸になることを願ってた。だから、俺が佐代子に告白した途端身を引いたんだ。彼女が俺を嫌ってる事を知ってたんだな」

 薫の言葉に秋人が目を見開いた。


「なんだ、薫の割にいい洞察じゃないか」

 ふてぶてしい態度で向田が嗤う。

「そうだよ。俺はお前が大嫌い。お前が不幸になるなら、俺が不幸になっても構わないくらい大嫌い。お前が佐代子にプロポーズした時は大爆笑だった。探偵に動画送ってもらって100回くらい見た。最高に笑ったよ。佐代子のあの優越感に満ちた顔。ウケたね。ハレー・ウィンストンの指輪とか安月給の貧乏弁護士のくせに張り込んだじゃん」

「黒歴史を掘り返すな」

 薫が嫌そうに呻く。半年分の給料が吹き飛んだ。あれは今どこにあるのだろう。


「なんで俺はそこまでお前に嫌われたか聞いていいか?」

 薫がポツリと呟く。

「お得意の魔法で聞けば?俺、嘘言うかもしれないぜ」

 向田が嘯くも、薫は無言で首を振った。

「言いたくないなら聞かない。それでもう終わりだ。お前のやったいろいろな違法行為は秋人がしっかり証拠を押さえてくれているので、告発可能だし。お前の親父さんに頼めば精神病院にもで突っ込んでくれるんじゃないか?」


 薫がそう言うと、向田は激変した。薄ら笑いを浮かべた顔から一切の表情が消え、目だけがぎらぎらと憎しみで光っていた。


「お前はそういう奴だよな。俺や佐代子に嫌われたところで何でもないだろう。お前には他にいくらでも支持者がいる。親父だってお前のことをやたらと気に入ってて、お前が息子だったらいいのになんてほざいてた」

 向田が拳を握りしめる。

「お前と人気を二分してるとか言われてたが、所詮おれはいつも二番手。最初に名前が挙がるのはいつだってお前だ」

 大学時代の苦い記憶がよみがえる。親友などと言われていても、いつだって一番頼りにされ、慕われていたのは薫だった。


「お前が佐代子を選んだ時はホント、大笑いだった。アイツは俺と一緒だ。お前のことが憎くて仕方なかったくせに、周りの目を気にしてお前を嫌いだって言えなかった。アイツの気持ちは俺が、俺の気持ちはあいつが一番分かってた」

 ニヤリと向田が嫌な笑みを浮かべた。

「佐代子と寝たことだってあるぜ」

 薫が慌てて秋人の耳を塞いだ。

「未成年に聞かせるような話じゃないのはやめてくれ。もういい」


 薫はため息をつく。

「もう、分かった。俺に人を見る目がなかっただけの話だ。行こう、秋人」

 薫が秋人の肩に手を回して歩き出そうとしたが、秋人が立ち止まった。

「そんなことないよ。薫は見る目あると思う。たぶん、大学時代、薫の事一番好きだった人を選んだんだ」

 秋人の言葉に二人は怪訝そうな顔をした。


「その人たちは、薫のことが好きで、好きでしょうがなくて、薫になりたいって思うくらい好きで、でもどうしようもなくて、薫に好かれてるだけじゃ物足りなくて、薫を傷つけて一生心に残りたいなんて思うくらい、薫のことが好きだったんだよ」

 心の底を見透かすような目で秋人が向田を見つめる。


「薫に負けないように努力もしない、薫が幸せになるように尽くすこともしない、薫の心が自分に向いている時だけ幸せを噛みしめてる、みじめで志の低い人たちだよ」

 秋人が薫を守るように一歩前に出る。


「僕なら絶対にそんなことはしない。僕なら薫が好きでいてくれたらそれに応えられるように努力する」

 向田が奥歯を噛みしめる音が薫のところにまで聞こえた。


「お前なんかに薫を傷つけることは出来ない。お前なんかよりもっとずっと薫を好きな人がたくさんいるから、お前がつけた傷なんてあっという間に薫から消える」

 秋人は魔法でも、剣でもなく、ただ言葉で向田を圧倒した。


「負け犬め。二度と薫の前に姿を現すな」


 秋人の静かな声に抗えず、向田は逃げるように去って行った。

秋人「あの向田って人、なんで自分が嫌いって言ったら薫がものすごく傷つくって思ってたんだろう」

薫「えっ」

秋人「薫に意地悪しておいて、実は嫌いでしたって言うのが最後の切り札だって思ってたよ、あの人。意地悪な人のこと好きになるわけないじゃん、ね?」

薫「・・・・はは。そうだな。その通り。でもそれあんまり他の人に言わないでやってくれよ」

秋人「なんで?」

薫「まあ、武士の情けってやつ。今風に言うと、もう向田のライフはゼロってことだ」

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― 新着の感想 ―
嫉妬と逆恨みを煮詰めたみたいな感じかな。にしても向田、金田弁護士が気をつけろって行ってた割にあんま見せ場なかったな。なんか何処までも小物だった。
なるほど……単純に嫉妬心からの嫌悪感ではなく、それすらも魅了してしまう美の化身だったと。 人の心は単純ではないと聞きますが、流石に文章からそのレベルの美貌をイメージするのは難しかったですね。 本当に神…
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