12. 裏切り
「メグミ!?どうしてそんなことしたの?」
桜子の悲鳴にメグミは黙って俯いていた。
「黙ってちゃ分からないよ。誰かに脅されたの?」
桜子の言葉にメグミは肩をびくりと揺らせた。
「違うよ、桜子。メグミは誰にも脅されてない」
康子が淡々と告げた。
「この子、自分から神崎先生の事をリークしてたよ。カメラに映ってた」
軽蔑の混じった康子の声にメグミはただじっと小さくなるしかできなかった。
「嘘でしょう」
桜子の声に絶望の色が混じる。
別に康子としては、熱愛発覚などの記事になるのは予測済みだった。結婚していない男女が一つ屋根の下に暮らしているのだ。当然その仲が噂になるのは自然なことだ。
二人は悪くない組み合わせの筈である。Sランクの人気探索者である霧崎桜子の相手として、神崎薫はパーフェクトだ。同じくSランクの探索者で、凄腕の弁護士。おまけにあの容姿だ。誰もが納得の相手になるはずだった。
だから、あの手の雑誌に嗅ぎまわられるより先に、もう少し穏便な情報の出し方を検討していた。桜子に内密に薫にも「もしもの時は霧崎家への牽制の為にも、少し名前を貸してほしい」とお願いもしていた。薫は桜子の害にならないのであればと快諾してくれたのだ。
それなのにだ。
「よくも、あることないことふきこんでくれたわね」
康子の怒りに満ちた声に、メグミはぐっと呻いた。
「どうしてなの?なんでそんな酷いことしたの?私の事悪く言うならともかく、どうして薫さんの事悪く言いふらしたの?」
桜子の言葉に、メグミはきっと顔を上げた。
「だってあんたが、魔法剣士の弟子をとったなんて言うから」
「は?」
桜子が思わず聞き返した。
「私だって、辞めたくなかった!本当は探索者でいたかった。でも魔法剣士みたいな器用貧乏なジョブで、さらにこんな魔力回路が貧弱で、みんなに置いてかれて辛かった。でも、みんなの邪魔になるかもって身を引いたのよ。なのに、あんたは私以外の魔法剣士を教えるっていうの?そんなの裏切りじゃない。私に教えなかったくせに、今更別の人に教えるなんてひどいじゃない!」
「何言ってるの?それでどうして薫さんのこと悪く言った理由になるのよ」
桜子がメグミの肩を掴む。
「あんたたちは、私の作品だもの。傷つけるなんて言語道断よ。だから、あんたの男に嫌がらせしたのよ。ザマアミロだわ」
桜子が思わずメグミの頬を打とうとしたが、康子がその手を止めた。
「なんで!」
「やめなさい。あなたが殴ってやる価値もないわ」
康子は冷たく言い放った。
「あんたには呆れるわ。自分で辞めるって言ったくせに、今更本当はやりたかった?身を引いた?ふざけないでよ」
康子の言葉にメグミは押し黙る。
「私たちはさんざんあの時、一緒に続けようって言ったじゃない。でも、あんたが折れたのよ。私たちと一緒に命は掛けられないって事だったわけでしょ」
「違う!私は!!」
メグミが言い訳しようとしても、康子は欠片も同情を示すことはない。
「別にそれでも仕方ないって皆諦めたわ。あんたが決めたことだもの。別の道で協力しようって気持ちも嬉しくなかったわけじゃないわ。有名スタイリストになって私たちの世話やいてくれてるのも、本当に感謝もしてた。それが今更?私たちがあんたの作品?ふざけんじゃないわよ。あんた如きの力だけでのし上がった訳じゃないわ」
康子は淡々と続ける。
「桜子の弟子がどういう人か教えてあげましょうか。10歳で両親を亡くして、そこからギルドの職員に搾取されて15歳までたった一人でダンジョンに潜ってた少年よ。学校にも行かせてもらえず、ろくな生活費も与えられず、誰にも何も教えてもらえない中、一人で工夫してモンスターを毎日毎日倒してSランクのダンジョンを3つ踏破したんだって。凄いでしょ。名前は『如月秋人』って言うのよ。うちの桜子が弟子にするにはこれくらいのビッグネームでなくちゃあね」
康子の目が冷え冷えとした光を放っている。
「まあ、そりゃあすごい魔法剣士よ。魔法の腕前も剣の切れも超一流。あの朽木家の門下生が全員お手上げだったって。そんなだからね、桜子が支配の指輪でダンジョンボスにされた時に、首を斬らずに助け出してくれたのよ。たった指一本と引き換えにね。私たちが尻尾をまいて逃げ出したってのにね。その時彼と一緒に桜子を助けてくれたのが、神崎先生よ。あたしがどれほどあの先生に感謝してるか、この胸を裂いて見せてやれたらいいのに」
「康子…」
桜子が小さく呟く。
康子には一つ誰にも言わなかった大きな秘密があった。
支配の指輪の事件の時、康子は本当は桜子はもう駄目だろうと諦めていたのだ。
冷静に探索者として考えた場合、桜子を救出できるのは『如月秋人』しかいないと分かっていた。彼をもってしても命がけだ。それは日本の安全を賭けろというに等しい。ギルドマスターは頷かないだろう。そう思っていた。
だが、予測に反して桜子は無事救出された。あの少年でも難しいミッションだったという。桜子の記憶の中でも彼はかなり危機的な状況だった。彼が死ぬか桜子が死ぬかのどちらかの結末しかなかっただろう。
それをひっくり返したのが薫だ。薫という存在がなければ桜子は生きて自分たちの元へ帰ってくることはなかった。
康子は薫に最大級の借りがあった。だから、薫の生い立ちを調べてその孤独に触れた時に思ったのだ。
康子の一番の宝物をあげようと。
桜子ならあの寂しい青年の心を癒すことが出来るだろう。二人はきっと補い合える。最高に幸せな結末を迎えるはずだ。
そう思っていたのに。
ぎりっと康子が奥歯を噛みしめる音がした。
「杉野恵さん、あなたを解雇します」
続けて言われた言葉にメグミが愕然とした顔で康子を見上げる。
「それから、神崎先生の弁護士からおそらく名誉棄損で訴えられると思います」
「薫さんの弁護士?」
薫の職業を知っている桜子が思わず聞き返す。
「丁度良く、神崎先生入院加療中で代理の弁護士さんがあの事務所に来てたの。本人は自分でやるって言ってたけど、そこは他の人が立った方がいいだろうって。神崎先生が舌を巻くほどの凄腕だって。べらぼうにお高いらしいけど」
桜子が複雑そうな顔で康子を見る。
「お支払いはうちでやります。うちの粗相だからね」
「うん」
桜子と康子は茫然としているメグミを静かに見つめた。
「さよなら、メグミ」
二人は容赦なくそう告げたのだった。
康子「後藤さん、なんで神崎先生の記事止めなかったんですか」
後藤「神崎先生はSランクっておおっぴらに宣伝してないから、うちの監視網から抜けてたんだよ」
康子「弁護士代、折半にしてください」
後藤「金子弁護士高いんだよなぁ…」
本日20時に活動報告に小話アップします。




