11. 危機一髪
「わあああ、ストップ、ストップ」
秋人の剣は何かの壁のようなものに弾かれた。さらに、突然開いたドアから現れた男が彼の腕をつかむ。
「怖いことしないでくれよ。寿命が10年は縮んだよ」
柔らかい声と人を食ったような笑顔。
「薫…」
「ごめんごめん。秋人、待たせたね」
薫は秋人の頭を撫でた。秋人の目から大粒の涙があふれる。
「ごめん薫。僕の所為で大変なことに」
「大丈夫だよ。俺は君の代理人だ」
薫はそう言って微笑んだ。美しい秋人の大好きな笑顔だった。
薫がその雑誌の件を知ったのは、秋人が知る前日だ。こういうものは事前に一応載せますよと雑誌社からお知らせがくるのだ。当然、一報は事務所に知らされた。
金子がすっ飛んできて報告した。
「わあ、びっくり」
薫の呑気な感想に金子は激怒した。
「どうするんだ!こんな記事が掲載されたらお前この先仕事にならんぞ」
「うーん。とはいえまるきり事実無根だしな」
「本当に事実無根なんだろうな」
その言葉に薫は初めてジロりと金子を睨んだ。
「すまん」
「分かればいい」
謝罪に鷹揚に頷く。これでも金子も混乱しているのだ。
「しかし、なんでまた俺なんだ?単なる弁護士だぞ。普通は桜子さんだろう」
「だよな」
うーんと首を傾げる二人の元へ、康子と桜子が慌てて駆け込んできた。
「薫さん!」
「ああ、丁度よかった聞きたいことが…」
「何を呑気なことを!」
と二人に怒られるも理不尽である。薫に過失はない。
「そちらで対処した記者はなんて言ってました?」
秋人が最初に捕まえた記者は桜子が処理したと聞いている。
「そこは、Sランク探索者特権で記事にしないように圧力掛けました」
康子が当たり前のように告げる。Sランクの探索者は国家ぐるみでプライバシーを保護される特別な法律があるのだ。
「そりゃそうですよね。なら私の記事は別ルートですかね」
うーんと薫が首を捻った。いったいどこからこんな眉唾な内容が出たのか理解できない。
「ちょ、これ『愛人』ってもしかして、桜子さんじゃなくて当夜ですか?心外!!」
雑誌の記事の続きを読んで、薫が呻く。せめて桜子であってほしい男心である。
「もしかして…」
桜子はふと秋人が持っていた原稿を思い出した。
「薫さん、秋人から話聞いてる?」
と確認したのだった。
「秋人、例の原稿出して」
薫の言葉に秋人は収納から例の封筒を取り出す。
「うわ、エゲツない内容だな。あのお嬢さんたち、本気で訴えてやろうか」
中身をざっと確認して薫が頭を抱える。担任と校長、教頭も眉を寄せた。
「コピーが一部無くなったんだな」
「うん」
秋人が頷く。薫は杖を取り出した。
「薫、魔法は…」
「大丈夫。審判の眼はそんなに魔力使わないし、これでもだいぶコントロールできるように古藤先生に鍛えられたんだ」
【審判の眼】
薫の呪文と共に、空中にビジョンが浮かんだ。
例の封筒を古い部誌の隙間から取り出す田辺の姿。そこから1部コピーを取り出し、残りを準備室の石膏像の隙間に投げ捨てる。
それから、少したって学校の周辺を嗅ぎまわっていた記者にそのコピーを渡すところまでしっかりと映っていた。
「な、なんだこれ。捏造だ!」
田辺が叫ぶも、秋人はじろりと睨む。後から追いついてきた金子が映像を感心したように眺めていた。
「審議官の魔法は裁判でも証拠能力が認められます。この映像を拝見した限り、そちらの顧問の先生が記者さんにネタを提供したようですね。あること、ないこと付け加えたりもしたようですね」
金子の冷たい声に田辺は押し黙る。
「当校の教員が大変申し訳ない。こちらの管理不足です」
校長が頭を下げた。
「名誉棄損で訴えるか?」
金子が薫に尋ねる。薫は少し首を傾げて唸った。
「まあ、この後次第だな。俺が弁護士稼業を畳む羽目になったら、高額請求するか」
薫の言葉に田辺は顔面蒼白だ。
「そこまで考えてなかったって顔だな。裁判になればどのみち秋人じゃなくても警視庁のAIのマスター映像を請求することは可能だ。田辺先生は、そんな事になっても秋人の保護者になれると本気で思ってたのか?」
薫の言葉に田辺はがっくりと項垂れた。
「まあ、記者会見を開くことになったので、うまくいくことを祈っててください」
薫は苦笑を浮かべる。
「会見?」
秋人が不安そうに呟く。
「うん、事実無根だしね。これ以上騒ぎにすると君の正体までつつかれかねない」
「僕はそれでもいいよ!」
秋人が叫ぶも、薫は大きく首を振った。
「ダメ」
「薫!!」
秋人の抗議は薫の満面の笑顔で押し返される。
「俺を信じて」
そう言われると頷かざるを得ない。
「ズルいよ」
秋人が小さく呟くと、薫は幼子にするように秋人の頭を撫でた。
「僕だって薫のために何かしたいんだよ」
「分かってる。でも、今回は大人しくしててくれ」
秋人は項垂れて、小さく頷くしかできなかった。3S探索者なんて言われてもその程度だ。秋人は子供なので、何もできないのだ。
薫が入院している間の夕飯は彼の作り置きを利用していた。しかし、流石に使い切った後は適当なものを用意することになる。桜子が早いときは彼女が作ってくれた。
普通に彼女の作る料理は美味しい。彼女は武闘派に見られるが一通りの家事はこなせる。アークエンジェルの中で一番家事が上手いのは自分だと豪語していた。どこで習ったのかと尋ねると、桜子は嬉しそうに教えてくれた。
「実はうちにはもう一人メンバーがいたんだ。秋人と同じ魔法剣士でね。私は彼女と部屋をシェアしていた頃があって、色々教えてもらったんだよ」
「その人は?」
「あまり魔力回路が強くない子でね。自分から辞めちゃったんだ。でも、その後がすごかったんだ。ファッションとかに詳しい子だったから、すごく勉強してうちのスタイリストをやってくれてるんだ。すごくカッコいいんだよ」
桜子は彼女のことが好きなのだという。
「康子はお母さんて感じだけど、メグミはお姉さんって感じかな」
秋人はその話をよく覚えていた。
だから、彼女が申し訳なさそうに頭をさげる姿を見るのは胸が痛かった。
「ごめん、秋人。私の所為だ」
自宅へ戻ると桜子が秋人を待っていた。
「最初に雑誌に薫さんの名前を出したのはうちのスタッフだ」
桜子は唇を噛みしめた。
薫「あ、どうも初めまして。神崎薫です。如月秋人の法的保護者で弁護士をしておりまして、正式な彼の代理人に任命されております。因みに、兼業で探索者もやっておりましてランクはSです。得意な魔法は雷系で、最大攻撃魔法はこの学校くらい焼け野原にすることが可能です」
校長「・・・・・・」
教頭「・・・・・・」
金子「笑顔で圧力をかけるな」
というわけで、とうとう150話です。ここまで続けられるのも読んでいただけているからこそです。
また記念の短編を活動報告にアップしようと思っておりますが、生憎本日は会社の忘年会ですので、明日の夜8時くらいにアップできたらなって思っております。




