10. 告発
そのような騒ぎがあってから数日後のこと、秋人が学校へ行くと何故かいつもより視線を感じた。とりあえず、そのまま教室に向かう。教室の中はいつもより騒めいており、秋人は首を傾げた。
「秋人!こっち」
智輝が手招きする。何事かあったのかと怪訝な顔で近づくと、智輝が青い顔で一冊の雑誌を手渡した。
「まずいことになってるぞ」
「?」
秋人は智輝が示したページを開く。それを一目見て息を飲んだ。
『敏腕弁護士の乱れた生活』
『少年Aとの禁断の関係』
『16歳少年への性的虐待か?』
『他にも愛人が?』
秋人の手が震えた。言葉が出ない。
「落ち着け、大丈夫か?」
過呼吸のような状態の秋人の背中に智輝の手が添えられた。
「な、なにこれ」
「分からん。今朝発売の週刊文秋だ」
薫が入院しているので、二人並んでいる写真は撮れない筈だが、どこからか持ってきた写真が掲載されている。秋人は流石に未成年なので、顔はぼかしてあるが、薫は誰か判別できる程度には写っていた。
「どういうこと?」
意味が分からない。自分が『如月秋人』だと知られたのなら、この扱いはなくもないかもしれないが、あくまでも単なる一般の未成年として扱われている。薫は別に芸能人ではない。こんな週刊誌に自分と薫が掲載される意味が分からなかった。
薫に雑誌の取材の話をした時も、おそらく桜子の件だと思うので康子に連絡してみると本人も言っていた。しかし、記事には霧崎桜子の名前はない。
文章を追っていくと薫の経歴が詳しく載せられており、加藤哲也の死や、婚約者との破局がいかにも薫の所為のような文調で記されていた。
「そんな…」
パニック寸前の秋人の元へ
「如月くん」
と担任の声が聞こえた。
「校長室へ来てください」
彼女は堅い声でそう告げる。動けない秋人の腕を智輝がぐっとつかんだ。
「負けるなよ。自分を信じろ」
そう小さく彼は告げた。はっとして秋人は智輝を見つめる。その目は最後の打者へストレートを投げていたあの時と同じく綺麗に燃え上がっていた。
「ん」
秋人は小さく頷き、担任の後に続いた。
校長室では、校長と教頭、それから担任となぜか顧問がいた。
「君に話を直接聞きたい」
校長は机の上にさきほどの雑誌をのせた。
秋人の目は剣呑だ。ここにいる全てが秋人から薫を奪うというなら、彼らは全て敵だ。
「事実無根です」
秋人は静かに告げる。校長は無表情だ。しかし、なぜか顧問の田辺がヒートアップした。
「隠さなくてもいいんだぞ、如月。あの男に何をされたかきちんと話してほしい。力になる。俺がお前を預かってもいいんだ」
そんな言葉を吐き出す田辺を秋人は静かな目で見つめた。ぞっとするほど冷徹な目だった。
「そうか…あの原稿のコピーを抜いたのはあなただったんだ」
秋人は薫に伝えなければならなかった大事な事を思い出した。薫と秋人の関係をいい加減に書き散らしたマンガのコピーを誰が持ち去ったか調べなくてはいけなかったのに。薫の体調不良ですっかり吹き飛んでいた。
「僕と神崎さんを題材にした事実無根な内容の創作物を部の先輩が面白がって作成してました。それに関してはもう報告を受けており、謝罪を受け、拡散させず処分することで話がついてたのですが、一部コピーが行方不明になってまして、探しているところでした」
秋人が校長に淡々と告げる。
「文化祭の二日目、美術準備室での出来事です。監視カメラの映像を確認してください。彼が盗んだんだと思います」
校長は一つ頷き、教頭にカメラの映像を出すように指示を送る。
「あんなものを雑誌の記者に渡したのか?」
秋人の声は冷たい。田辺は思わず後じさった。彼はいつも呑気でふわふわとした秋人しか知らなかったので、その差に驚いた。
「誰かが削除したようです」
教頭の声に顧問はニヤリと笑った。どうやら彼はあらかじめ準備はしていたらしい。秋人の正体を知らないということは、映像の中身もろくに見ず削除したのだろう。
「マスターを用意してください。警視庁のAIにあるはずです」
秋人は冷静に告げる。
「そんなもの、一介の学生からの要求で支給されるわけないだろう」
田辺が嘯くも、校長も教頭も同意しない。
「僕の要請なら通ります。そうですよね?」
秋人の言葉に校長は頷いた。
「僕はSランクの探索者です。そういう権限を持ってます」
秋人は収納魔法からギルドカードを取り出す。金色に輝くそれを田辺に見せつけた。
「は?」
田辺が目をむいている。担任も大きく口を開けている。校長と教頭は知っているので頷くだけだった。
「き、如月があの如月秋人?いくらなんでも若すぎるだろう」
顧問が茫然とカードを見て呟く。
「同じ名前なのに、案外みんな気が付かないもんだな」
吐き捨てるように秋人が告げる。田辺はごくりとつばを飲み込んだ。目の前の少年が急に恐ろしい怪物に見えた。
「どうして、薫を売ったんだ?」
秋人の視線に耐え切れず、田辺は俯く。
「なぜこんなひどい事を?これでは薫はもう弁護士を続けられないかもしれない。何を考えてるんだ!?」
秋人は田辺の胸倉をつかんだ。彼は簡単に宙に釣り上げられた。その華奢な体躯から想像もできないような膂力だった。
「如月君!」
担任の悲鳴が校長室に木霊する。
「ぼ、僕は君の才能が潰れるのが惜しかったんだ!」
田辺は叫んだ。
「君には誰にも負けない才能がある。画家として大成できる。それなのにあの男は君の自由に任せると言って大学の推薦を拒んだ。君という才能をないがしろにする芸術の敵だ」
秋人は乱暴に田辺を振り落とした。
「僕の才能?」
クスリと笑う。
「そんなものに一体どんな価値があるって?たかだか落書き程度のものに、薫の天職を奪うほどの何があるっていうんだ」
秋人の声が喉の奥で掠れた。たかだか趣味で絵を描いている事でさえ、自分は薫の邪魔にしかならない。
「薫が僕にしてくれた事で、あなたが代わりにできることは何一つない」
堪えきれず、はらはらと秋人の頬を涙が伝う。
「僕がたった一人ダンジョンでモンスターを殺していた時も、坂田や赤城に殴られていた時も、何かをめちゃくちゃに壊したくなった時も誰も助けてくれなかった。薫だけが、僕を助けてくれた。当たり前の子供みたいに扱ってくれて、何になってもいい、探索者でさえなくてもいいって言ってくれたのは彼だけだった」
ぎゅっと秋人が拳を握りしめた。
「彼は僕が探索者を辞めてもいいようにSランクにまでなってくれた。その所為で体を壊して今入院してる。僕にとって薫以上に大切なものなんてない。それなのに、いつもいつも僕が生きてるだけで薫の迷惑になる」
秋人の手に美しい水色の刀身が現れた。
「ひっ」
田辺が腰をぬかして床に座り込む。
「こんなものがあるから、あなたが薫の邪魔をするっていうのなら、こんなものは無くていい」
机の上に秋人は自分の右手を乗せる。そのまま左手に持った剣を振り下ろした。
田辺の悲鳴が部屋中に響き渡った。
校長「いや、だからやめとこうって言ったじゃん」
教頭「貫いてくださいよ。己の信念」




