20. 文化祭 日曜日 22:00
文化祭の全ての片づけが終わり、打ち上げも終わって秋人が帰宅したのは夜の10時だった。
「ただいまー」
と声をかけるもいつもの薫の「お帰り」という返事がない。秋人は何か得体のしれない嫌な空気を感じて、靴を脱いで大急ぎで居間に入った。
「薫?」
居間にもキッチンにもいなかった。秋人は薫の部屋に向かう。ドアを開けると真っ暗で、もう寝てるのかとも思ったが、ふとサイドテーブルの上に載っている体温計や薬の箱に気が付いた。
「薫!?」
慌ててベッドの上に人を確かめる。そこに、薫はいたが無事ではなかった。頬は赤く、呼吸は粗い。
「どうして…」
そっと額に手をやるとものすごく熱い。びっくりして思わず手を引っ込めた。ゾワゾワとした恐怖が背筋を這いあがった。
「え、なんで…そんな」
朝は元気に送り出してくれたのに…秋人の頭をぐるぐると混乱が渦を巻く。
そのままその流れに押しつぶされそうになった時、ぽんと肩に手を置かれた。
「当夜…」
「コッチこい」
当夜に手を引かれるまま、秋人は薫の部屋を後にした。
「当夜、薫が…どうして」
部屋から出た途端に説明を求める秋人に、当夜はまずは落ち着けとソファに座らせた。
「先生は過労でダウンしただけだ。大丈夫。明日にはよくなるってお医者さんも言ってたから」
「・・・なんで教えてくれなかったの?」
震える声で抗議する秋人に、当夜は肩を竦めた。
「先生があっくんに言うなって言ったんだよ」
「でも!」
薫が苦しい思いをしていた時に、自分が呑気に学校で遊んでいたのかと思うと辛かった。
「だよな、うん。俺もお前がそう思うんじゃないかなぁとは思ったんだぜ」
当夜が困った顔で頷く。
「でもさ、高校1年生の文化祭は一生で一回きりだろ?」
「そんなの関係ないよ!」
秋人の叫び声を慌てて当夜は口を手でふさいだ。
「静かにしろ。さっきやっと眠ったとこなんだ」
「・・・・」
秋人ががっくりと肩を落とす。
「僕ってそんなに頼りない?」
看病だってできるし、何より苦しい薫の傍に居たかった。
「いやなんつーかさ…頼りないの対岸に居る奴だよ、お前は」
当夜が苦笑して秋人の髪を掻きまわした。3Sの探索者様に頼りないかと尋ねられて肯定できる奴がいるのだろうか?
「でも、そういう事じゃなくてさ。先生は、あっくんに子供として当たり前の生活を味わってほしいんだよ。親心みたいな、父性愛?家族愛かなぁ。そりゃあ、事情を話せばお前は飛んで帰ってくるのは分かってたし、後々のお前の気持ちはそっちの方がすっきりしたとは思うけどさ」
当夜の言葉を秋人は黙って聞いていた。
「でも、せっかくあっくんが毎日あれだけ頑張って準備してみんなで楽しむはずの予定を、全部キャンセルして先生の看病したとするじゃん。お前は気が楽かもしれないけど、先生はしんどいぜ?」
当夜は苦笑を零した。
「まあ、だからこれはエゴだな。お前に楽しんでもらってた方が先生は気持ちが楽だったんだよ。幸い、俺も桜子さんもいたから一人にはしなかったし」
「・・・・」
納得しがたい気持ちではあったが、当夜の言い分も理解はできた。
「明日は一日中安静にって事だったから、お前が世話してあげたらいいじゃん」
と当夜が締めくくってその話は終わりとなった。
秋人は渋々ながら当夜の言い分に頷き、風呂に入ってから、やはり気になって薫の部屋に向かった。できるだけ気配を殺して薫が起きないように気を付けて彼のベッドに腰を下ろす。そういえば、薫がこんな風に寝ているところをあまりじっくり見たことがないなと秋人は気が付いた。いつでも、秋人より早く起きて朝ごはんを作ったり弁当を用意したりしてくれているからだ。
「全然ダメだな、僕」
がっくりと肩を落とした。そっと薫の汗に濡れた前髪をかき分ける。
秋人はふと、昼間、美香と急接近したくらいの距離に顔を近づけてみる。傍からみると秋人が薫に覆いかぶさって見えるような体勢である。
秋人がじっと薫の顔を見つめていると、不意に寝室のドアが開いた。
「うわ、ごめん。邪魔した」
桜子が慌ててドアを閉める。が、秋人も大慌てそれを止めた。
「邪魔じゃない、ごめんなさい。桜子さん。誤解、すごく誤解だから」
桜子の腕を引っ張って薫の部屋に招き入れた。
気まずい沈黙が流れた。
「えっと、秋人は薫さんのことが、その恋愛対象なのか?」
桜子が意を決して尋ねるた。秋人の薫への好意が強いのは知っていたが、恋愛的な要素はないと思っていた。
秋人は見るからにがっかりした顔をした。
「そうだったらいいなって思って実験してみたんだけど、違うみたい」
「実験?」
不穏な単語に桜子は眉を寄せた。
「キスしてみようかと思ったんだけど…ドキドキしないから」
「そ、そうか」
桜子の顔は複雑だ。
「どこからそんな発想になったんだ?」
彼女の疑問はもっともである。秋人は収納魔法から例の封筒を取り出した。美香はキャンプファイヤーにいれて燃やしてしまえと言ったが、薫に審判の眼を使ってもらうために持ち帰ったのだ。
無言で渡された封筒の中身をチラ見して桜子は「ぎゃっ」と小さく悲鳴を上げた。
「薫の事、こんな風に好きだったら一生傍に居られるかなって思ったけど」
がっかりと秋人が肩を落とす。
「秋人、まああれだ。大概の人は恋愛対象は異性だから仕方ないよ」
慰めになるかならないか分からない言葉を桜子が投げかける。秋人は首を傾げた。
「それだったら、桜子さんは薫が好き?」
「ひえ」
彼女の顔が赤く染まる。
「ま、まあそうだな。たぶん好きなんじゃないかな」
肯定してしまうと案外すんなり自分の気持ちを納得できて、桜子は不思議な安堵を覚えた。
「いいなぁ、桜子さんは。それなら薫とずっと一緒にいられる」
心の底から羨ましそうな声に、桜子は戸惑った。
「今日ね、この原稿見つけた時は僕と薫がこんな風に見られてるってショックだった」
「そりゃそうだ」
桜子が頷く。
「でも、後からよく考えたらさ。僕が大人になってからなら何の問題もないよなって。そうしたら僕はずっと薫と一緒にいても、誰にも文句言われないのにって」
「誰かに文句言われたのか?」
桜子の言葉に秋人はふるふると首を振った。
「でも、今のところ僕と薫の関係って切ろうと思えばすぐ切れちゃうもんだし。何か問題が起こったら薫と離れなくちゃならない可能性だってあるし。僕は…ずっと一緒にいたいけど、それが薫の不利になるのは嫌だなって思ったんだ」
薫は秋人の代理人で保護者でパーティーメンバーだが、それらは全て永続できるものでもなければ、法律で縛られているものでもない。その事が秋人には辛かった。
「それは違うんじゃないかな」
桜子が厳かに告げた。
「法律で夫婦になっても離婚する二人もいる。誰かとの関係を続けるのも終わらせるのも、結局本人の意思と努力に左右されると思うよ」
「意志と努力?」
秋人が聞き返す。
「君が何がなんでも薫さんとの関係を続けたいと思ったら、まずはその意思を貫け。誰になんと言われても絶対に手を離すな。その上で問題や困難を排除する努力をしろ。頭を使え、コネを利用しろ、金と情報を駆使するんだ」
桜子の言葉を秋人は黙って聞く。
「いいか、君は3S探索者と呼ばれる日本で唯一無二の人だ。君の意向を無視して日本の安全は担保できない。そこを突け。ギルドを利用するなり、その天文学的な資産を活用するなりして、薫さんを自分から奪う者は全て如月秋人の敵だって広言しろ」
ごくりと秋人はつばを飲み込む。なんだかとんでもないアドバイスを聞いている気がした。
おそらく薫が起きていたら桜子に抗議したに違いないが、幸い薫は夢の中だ。
「それには薫さんを出し抜く必要がある。君は人の心の機微には疎いし、世間慣れもしていない。この男は強敵で、実際今のところ君は負け続けている」
桜子の言葉に秋人は大きく頷いた。
「もしも、どうしても手放さなければならなくなっても、その期間をできるだけ短縮して取り戻すんだ。その為に君は色んなことを沢山学ばなくてはならない」
「はい」
秋人は大変よい返事をしたので、桜子はニコリと笑った。
「師匠、僕頑張ります!」
と秋人が頭を下げる。
「師匠?」
「はい、僕の師匠になってください」
「えええええ…」
桜子は困惑したが、少年が誰かに何かを希求することは少ないということは彼女も気が付いていた。
「まあ、いっか。いいよ。君を弟子にしよう」
「ありがとうございます!」
秋人が綺麗に笑う。桜子は苦笑を零した。
「まあ、おとぎ話の類だが、ダンジョンの神様がレベル100になったらご褒美に何でも願いを1つかなえてくれるなんて噂もある。君ならその手段が一番早いかもしれないな」
そう桜子はうそぶいた。その言葉は秋人の脳裏に強く残った。
桜子「なんか、弟子をとることになった」
康子「ええっ?!あんたそんな私たちに相談もなく」
桜子「ごめん、でも滅多に何かして欲しいっていう子じゃないから…つい」
康子「うわ、あんた秋人くん弟子にするの?」
桜子「それだけで分かっちゃうんだ…」
というわけで、第八章終わりです。ストックあるので、次章もさくさく更新します。(若干心許ない感じになってきましたが。年末はやっぱ忙しいなあ)
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