16. 文化祭 日曜日 1:00
終電で秋人が帰宅すると、居間にはまだ灯りが点いていた。消し忘れかと思って覗いでみると、ソファで薫が眠っており、その横に桜子が座って読書をしていた。
「あれ?まだ起きてた?」
流石に今日は疲れたので先に寝ているだろうと思っていたのだ。待たなくてもいいと言っておいたし。
「やあ、秋人。お帰り。薫さんが寝ちゃったんだ。流石に私が寝室に連れていくわけにいかないだろ?」
桜子の言う事はもっともである。一緒に暮らしているとはいえ異性の他人だ。親しき中にも礼儀ありである。
「ありがとうございます。明日はお仕事なのに遅くまですいません」
秋人が頭を下げると桜子は苦笑を零した。
「いつも世話になってるからこのくらいどうってことないさ。それに、ちょっとばっかり悪いことしたしね」
桜子の言葉に秋人が首を傾げる。
「変態に着せられた服を似合うとか言っちゃったからね。かわいそうな事をした」
との桜子の言葉に秋人も思い当たる節がある。珍しく本気で拗ねていた薫の様子を思い出し、秋人もおおいに反省した。
「でも、天使みたいで似合ってたからなぁ」
美的感覚が先行している秋人としては、あの長い白い服を着ている薫はおとぎ話に出てくる天使か神様のようでとても綺麗だと思ったのだ。
「今度あんな色の服をプレゼントしよう」
と秋人は次の薫の誕生日プレゼントを決めた。
すとんとソファに腰を下ろす。薫はよく寝ているようで一向に起きる気配がない。そうやって眠っていると年齢より若く見える。
「薫、寝てるとすごい可愛い。」
「本人に言うなよ。傷つくぞ」
「はーい」
桜子の言葉に秋人は頷いた。そのままサラサラで少し癖のある薫の髪を触った。
「桜子さん…僕、今日は本当に怖かった」
薫の髪を撫でながら秋人が呟く。
「薫がいなくなったって知ってから、本当に頭がおかしくなるかと思った。世界が無くなって溶けるみたいな…何もかもどうでもよくなるような」
「秋人…」
桜子が困った顔をしているのは分かっていたが、秋人はさらに続けた。
「薫は1年前まで普通に生活してて、探索者や魔法やモンスターなんか何も関係ない人だったのに、僕の所為でずっと大変な目にあってる」
秋人にとって薫は大切な人だ。何を失っても守りたいたった一つの大切な宝物だ。
でも、薫にとっての一番の脅威は秋人なのではないかという思いが拭えない。本当は一緒にいない方がいいのではないかと思うのに、離れることができない。
「当夜が全力で抑えてくれなかったら、僕たぶんあそこで魔力暴走起こしてたと思う」
ぽつんとそう呟く内容が重い。
桜子もその気配は感じていた。当夜が全力の魔力で抑えられたのは、まだ秋人の中に理性が残っており、このままだと当夜を破壊するという認識ができたからだ。
当夜は疲れているから家に帰ると言ってここに帰ってこなかった。おそらくかなり魔力回路が傷ついているのを秋人に見せたくなかったのだろう。秋人は薫や当夜に迷惑ばかりかけている。
「それは違うぞ、秋人」
桜子は秋人の頭をぐりぐりと撫でた。
「少なくとも、薫さんが探索者になったのは、これっぽっちも秋人は関係ないだろう」
「それは…でも…その後は違うかもしれないし」
秋人を引き取らなければ、探索者を続けることもなければ、Sランクになったりもしなかったのではないかと秋人が言うと、桜子は大きく首を振った。
「短い付き合いの私でも分かるけど、この人絶対秋人と出会ってなくても探索者になったらいろいろな事件に巻き込まれてたと思うぞ」
秋人は桜子の言葉を吟味してみた。
「・・・・・そうかも」
「だろう?」
秋人は薫の日頃の言動を思い返し、桜子の言葉を否定できなくなった。
「だから、今の薫さんの現状は秋人の所為じゃなくて、本人の自業自得だと思う」
きっぱりと桜子が言い切る。秋人は困ったような顔で頷いた。
「以上、反省終わり。それにそもそも今回の誘拐は秋人は100パーセント関係ないからね。薫さんが綺麗だったから誘拐されただけだから」
秋人が否定できずにいると、桜子は小声で言った。
「秋人も気をつけなさい。薫さんが言うには君も変態好きされるらしいから」
「嫌だよ」
秋人は思わず身震いした。サンダードラゴンをソロ討伐できるような凄腕探索者といえども変態は嫌だ。
「明日も早いんだろ?薫さんを寝室に連れて行ってもう休んで。私ももう寝る。」
桜子は笑って促した。
「明日は後夜祭と打ち上げ?」
「うん。僕は後夜祭も打ち上げも初めて。楽しみ」
秋人はニコリと笑った。
身体強化をかければ、成人男子である薫の体など簡単に抱き上げることができる。とはいえ、長身の薫を引きずらないようにしないといけないので、それなりに気を使いながら秋人は薫を寝室へ運んだ。
薫の部屋は物は沢山あるが綺麗に整頓されており、居心地が良くまとまっている。薫をベッドの上に寝かせてからジャケットを脱がせてクローゼットに掛けた。
ここまでされても起きないのは本当に珍しい。薫は気配に敏感なので眠りが浅いのだが、今日はよほど疲れたのだろう。
「まあ普通の人は誘拐されたら疲れたとかいうレベルの話じゃないんだよな」
秋人はため息をついた。恐ろしく慣れていたのが痛々しい。
「おやすみなさい、薫」
薫の上に布団をかけて、秋人は薫の寝室を後にした。
当夜「兄貴?ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
聖夜『どうしたんだ?こんな深夜に電話なんて』
当夜「人の魔力暴走抑えるのに全力で庇ったらなんかフラフラして吐き気がすごいんだけど、トイレで吐いてもいいかな」
聖夜『トイレで吐いても大丈夫だし、しんどかったらその辺で吐いてもいいから。今から兄ちゃん高速飛ばしてそっち行くから寝ときなさい』
当夜「へへ、さんきゅー」
聖夜『…神崎先生になんかあったのか?』
当夜「兄貴の洞察力が怖すぎる」




