14. 文化祭 土曜日 19:30
「薫!!」
走りこんできた秋人はどこか茫然としている薫とその足元に転がっている死体に目をやった。それから、薫の殴られたであろう顔を見て一瞬で顔色が変わった。
「誰にやられたの!?」
激怒する秋人にようやく気が付いて薫は肩を竦めた。
「こいつにやられたけど、見た目ほど痛くないから心配しないで。過剰防衛って言われないように一発もらっただけだから」
薫の言葉に秋人は目を見開く。
「これ、誰がやったの?」
薫が人を殺すはずがないと分かっている秋人は、転がっている死体に嫌そうに顔を向けた。
「なんか、この前の連中の仲間みたいなのがきた。秋人が来てくれたから逃げたみたい。ありがとう、助かったよ」
薫がニコリと笑う。当然妹の話はしない。薫は本当か嘘か分からないうちに秋人を煩わせる気はなかった。しかし、秋人は勘が働いた。これは絶対に何か誤魔化している。
「薫、わざと捕まってない?」
そこでようやく追いついてきた桜子と当夜は秋人の不機嫌な様子と、今の発言におおいに驚いている。
「まさか!秋人の文化祭の邪魔になるようなタイミングでそんなことしないよ。これは本当に不可抗力。でも失敗したなと思ったのは、あの教授が変態だって分かってたのに気を付けなかったことだな」
薫の言葉に桜子は目を見開いた。
「教授って岩井教授か?」
桜子の言葉に薫は大きく頷いた。
「正確には岩井教授に成りすましていた変態だけど」
薫が地面を指し示す。そこには桜子が覚えていたスーツを着た男は転がって居た。
「顔が違う」
「なんかのスキルか魔法を使ってたみたいだな」
二人の会話が進むが、当夜が
「ちょっと突っ込んでいいっすか。」
と言葉を挟んだ。
「先生はこの教授に化けてた男がなんで変態だって気が付いたんですか?」
「しいて言えば勘」
薫の言葉はにべもない。
「何しろこの顔だろ?本当に俺はもう子供の頃から老若男女数多要る変態に遭遇している」
「・・・・・」
三人はとても可哀相なものを見る目で薫を見ている。
「だから俺は一目見ただけで、ああこいつは変態だなっていうのが分かるセンサーを持っている」
「・・・・・・」
「岩井教授に成りすましてた奴の俺を見る目が、舐めるみたいだったからすぐわかったよ」
薫の言葉に何にも言えなくなった三人は無言である。
「あ、でも俺これは本当は秋人に伝えたくなかったんだけど、お前もちょっとその気があるから注意した方がいいかも」
「へ?」
秋人は自分が変態だと言われたのかと思ってショックを受けた。
「俺と系統が違うから大丈夫かなぁと思ってたんだけど、どうもお前も割と変態呼び寄せそうな感じなんだよなぁ。」
薫の言葉に、違う意味で秋人は震えあがった。
「うそ」
小さく叫ぶ声が響く。
「工藤さんの叔父さんとか結構執念深い感じだったし。今度街を歩いて変態を判定する方法をレクチャーしてやるからな」
薫の言葉に秋人は顔を引きつらせながら無言で頷く。当夜と桜子が秋人にも同情の目を向けていた。
「あ、そうだ。本物の教授を助けに行かなくちゃ」
と薫が思い出したように言うので、皆慌てた。
「先に言いなさいよ」
と桜子が文句をつけるも、薫はしれっと遠くを見つめた。
「だってみんなが変態の見分け方を聞いてくるから」
と言い訳するのをがっくりと肩を落として聞いた。
薫は秋人を完全に誤魔化すことに成功した。
目黒第一ダンジョンへ移動する前に薫が家探しを始めた。もともと着ていた服や持ち物を取り戻すためである。
ジャケットと共に携帯や時計を見つけてホッとした。
「あー良かった。捨てられてるかと思った」
と安堵の息を漏らした。
その古い時計は今ではあまり人気のあるモデルではない。腕時計というものがそもそもスマートウォッチというデバイスに置き換わっているし、あえて時計を選択しているとしたら高級なブランド物を選ぶ人が多いだろう。
桜子は不思議に思ってその古い時計を大事そうに見つめている薫を見ていた。
目黒第一ダンジョンはこのビルのすぐ目と鼻の先だった。
薫はいつものカーゴパンツとブルゾンの格好に着替えていたが、なぜか先ほどの変態に着せられていた衣装を着がえたら、桜子と秋人が妙にがっかりしたのが本人的にはショックだった。
「似合ってたのに」
とぼそりと秋人が言うし、桜子も
「魔法使いなんだからあれでもいいのに」
という始末である。期待を込めて当夜を見ると空気を読んだ当夜はそっと目を逸らして、どちらの陣営にも賛同しないことを選んだ。
「変態が選んだ服なんて嫌だ」
という薫の意見に、二人は慌てて「ごめんなさい」と謝ってくれたが、薫は納得いっていない。
「俺、今日は休憩する」
とすっかり拗ねモードである。当夜が
「大人気ないっすよ」
と駄々をこねる薫に言う。しかし薫はやる気なし状態である。秋人が困った顔で桜子を見るし、桜子は薫の意外な一面に驚いていた。秋人がふうっとため息を付く。
「分かったよ、ちゃんと付いてきて」
目黒第一ダンジョンはEランクの比較的浅いダンジョンで、オアシスは一か所のみ。4階層にあるものだけだ。迷宮探索を使う必要もない。このダンジョンは桜子も秋人もよく知っていた。
「それじゃあ、行きますか」
と桜子が告げる。そして4人はなんなくダンジョンを進んでいった。
ほどなくして、4階層のオアシスに辿り着く。そこには、場違いな牢屋が設置されており、中には数人の人が捕まえられていた。
「これ、なんで今まで報告されてなかったんだろう」
目黒第一ダンジョンはEランクの初心者用と言われるものだ。毎日訓練で潜っている探索者も多数いるのである。
「もしかして、あの偽教授は見た目を色々変化させる魔法が使えたのかも」
薫が思わず唸る。牢屋自体の存在をカモフラージュしていたのかもしれない。それに、この中にいる人全員、あの男が化けていた可能性がある。秋人が魔法剣で牢屋の入り口を壊すと、牢屋自体が砂が崩れるように消えていった。
中には4人の男女が捕まっており、ひどく衰弱していた。薫はデバイスでギルドに連絡をかける。
『神崎先生、ご無事だったんですか?』
酷く焦った声の後藤に思わず薫は三人の顔を見る。
三人はすっかり後藤のことを忘れており、薫を発見したことを誰も知らせていなかった。その間も後藤はあちこち連絡をとり必死に探してくれていたのである。
「あ、なんか…そのすいません。私の管理不足です」
薫は項垂れる三人を見つめながら、素直に電話の相手に頭を下げた。
後藤「神崎先生が誘拐されたらしい。警視庁のAIでの捜索を至急手配してくれ。都内にいるスタッフ全員に協力を仰ぐ緊急シグナルを出せ」
秘書「他の高ランク探索者にも探索依頼出しますか?」
後藤「うむ…いや、秋人君が独自の手法で探すと言ってたから邪魔するのもな」
秘書「しかし、相手はSランクの神崎先生を誘拐できる強敵ですよ」
後藤「そうだな、緊急依頼の準備を」
後藤「(秋人くんたちから何も連絡ないな)2時間以上都内総動員で探してるんだが…む、電話?」
薫「あ、もしもし?神崎です。後藤さん?後藤さーん?」




