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一度、言葉を切って。
少し上を向いて深呼吸をするように、彼は息を吸い込んだ。
「あいつはねー・・・本当、暗い奴でさ。学校の中で、いつも一人なんだ。何でも完璧にこなすし、無愛想だから他の子供から浮きまくっててさ。何を隠そう、このオレも嫌がらせとかしてて」
思いがけず、フェンネルの声が重い。
これは、真剣な話だ。赤い髪の影の、彼の目を横から確かめる。その視線にあっさり気付いて、苦笑した彼は先を続けた。
「・・・その内、何やっても反応ないしさ、構うのやめたわけよ。誰もあいつにちょっかい出さなくなって。避けて通るんだ」
出てくる言葉が全部、なんだか悲しい。
それでも。聞かなければ良かった、とは思えなかった。蒼羽の子供の頃なんて、とても想像がつかないけれど、フェンネルが言うそれらは全て、本当のことだから。
「ある日、いつもより早く目が覚めて、早めに学校に行ったら。教室の中にあいつが立ってて、窓の外を見てたんだ。その顔がさ、すっげえ淋しそうで。オレは子供ながらにかなりの衝撃を受けたね。それを見ただけで・・・自分が、泣きそうになったんだ。あいつがオレに気付いて、あっという間にいつもの無表情に戻ってさ。それで分かったんだ」
学校に行って、友達に会って、遊んで、勉強して。
守られた空間でお腹を満たして、優しい声に促されて大好きなぬいぐるみとベッドに入って眠って。
朝は抱っこをしながら起こしてもらって。
ああ、きっと。
自分には当たり前だったそんな生活を、小さな蒼羽はおくっていないのだ、と。
どこかで何となく分かっていたことを、フェンネルの言葉で目の前につきつけられた気がした。
「あ、同じ人間なんだ、って。クールな振りをして、実は淋しかったんだ、って思って。そしたら、めちゃくちゃ後悔してさ。かなりひどい事をしてたから。あまりにもひどすぎて言えないんだけど。泣きじゃくりながら、あいつに謝ったら、何て言ったと思う?」
きっと彼は、そんな事はどうでも良いと思っていたのだ。少なくとも、表面上は。
蒼羽は、何も求めない。
仕事や、日々の生活をおくる上で、必要最低限のことさえ揃っていれば、それ以上のことを求めない。美味しいものが食べたいとか、ゲームをして遊びたいとか。何かをしたい、と彼の口から一度も聞いていない。
だからきっと、自分がすることも、特に気にしないのだろう。
「・・・気にするな、ですか?」
「うん。ちょっと笑いながら、気にするな、お前が謝るな、って言って、また無表情に戻ったんだ。その態度を見たら、無性に切なくて。それから蒼羽につきまとう事にしたんだ」
ふ、と小さく笑って息を吐いたフェンネルのことを、少し羨ましいと思った。
そうやってずっと傍にいた彼を、蒼羽は信用しているはずだ。
「その時から友達なんですね・・・。楽しそう」
「あいつは変わらず無愛想なままだけどね。でもさ、オレの言う事を無視しないで聞いてたり。・・・蒼羽を始めっから避けてる奴らには判らないだろうけど。あいつとちゃんと向き合ったら、その相手には蒼羽もしっかり答えてくれるんだよ」
笑いながら自分をのぞき込んで、フェンネルはさらに続ける。
「でもさ、やっぱり、たまにだけど、他の奴に対してはすげえ冷たい目とかする時あるし、時間かけないと、あいつは心を開かない」
何かを言い聞かせようとしているみたいだ。
感情を見せない、背筋が凍るような双眸や、冷えた声色を知っている。
間違いなく、蒼羽のものではあったけれど。
でも。それでも。
「そうですよね・・・あたしも始め、蒼羽さんの事怖かったです」
少し笑って本音をこぼすと。彼も苦笑してみせた。
「でも、本当は色々な事、頭の中で考えて行動してて。しかも、それ正しい事で。それに周りにいる人の事、いつも気遣ってるような気がします。・・・本当にすーごい優しいんですよ」
立ち上がらない自分を引き上げて、腕の具合を確かめようと優しくそこに触れていたのも、静かな声でアルバイト先での自分の行動を諭したのも、落ち着けと言いながら背中を撫でたのも、全部。
全部、蒼羽だ。
そういう蒼羽も知っている。
「それだよ、それ!!蒼羽のヤツ、緋天ちゃんに対してはさ、短時間で心を開いてるし。しかもオレやベリルさんにはしない、気遣いとか優しさみたいなの見せるし。まあ、ヤローには必要ないからかもしれないけど・・・」
フェンネルが髪をいじりながら首をひねって。
「あー、とにかくさ。本当、こんな蒼羽初めてでさ。オレらびっくりしてんだよ。だから、これからも蒼羽と仲良くしてやってよ。これだけ言いたくてさ」
一瞬。
真面目な顔をして、自分を見た。
「・・・はい。・・・あたしも蒼羽さんと早く仲良くなりたいですよ? フェンさんと蒼羽さんみたいに」
彼に、何かを欲しがってほしい。
あれがやりたい、とか、こうしたい、とか。そんな言葉を蒼羽の口から聞いてみたい。きっと、それを聞いたら、ベリルやオーキッドや、目の前のフェンネルは、とても喜ぶのだと思う。それに、蒼羽がそんな事を言ったら、自分だって一緒に何かをしてみたいと思う気がする。
「この話をしたのは内緒にしといて。なんか言われそうだし。さ、着いたよ。ちょっと模様とかさー、見てくれない?もっとかわいくしたいんだけど、どうかな?」
いつのまにかアクセサリーの並べられたテントの前にいて。
内緒、と言ったそこだけ、どこか照れくさそうに見えた。この話はもうお仕舞いだ、と態度で語るフェンネルに倣って、台の上をじっくり眺めた。
これを本題としよう。
フェンネルが本当に自分に言いたかったことは、蒼羽には秘密だから。きらきらと光を反射するアクセサリー達を真面目に端から見ていった。




