百四十二話「昼食時間」
連日更新三日目!
始業式の翌日、昼食時間。
彰はいつもの五人に、彩香、火野を加えて昼食を取っていた。
「はあ、ようやく休めるわね」
学食に行っているクラスメイトの机を拝借して七個くっつけている。その一席に座る彩香は憔悴している様子だった。
「なんか疲れた様子だけど、どうしたの彩香さん?」
「休み時間の度に質問責めだから疲れたのよ。昨日話してない男子はともかく、女子の中にもいろいろと聞きたがりがいてね。……まあ、誰にも話しかけられないよりいいのは間違いないけど」
昨日転校してきたばかりの彩香の人となりを知りたいと思うのはしょうがないことだろう。クラスに受け入れられていることの証なので、彩香も嫌とは言えず丁寧に受け答えしてたので神経がすり減ったのだ。
「質問か……。今日はそんなのあんまされへんかったけど、どうしてやろうか?」
「それはおまえの人となりが昨日一日で把握されるほど浅いものだったからだよ」
「そうか。……照れるな」
「褒めてない、褒めてない」
対して火野は既にこのクラスに馴染みきっていた。仁志やクラスの男子と休み時間毎にバカなことで盛り上がっている姿は、本当にこいつは転校生なのか?と思わせるほどである。
「だからちょっと昼食の間だけでもゆっくりさせて。このメンバーの中で、今さら私にいろいろ聞きたいことがある人もいないわよね?」
「まあ、今すぐ何か聞きたいとかはありませんけど」
「何も話したくないって時ってのもたまにあるよね」
「私はいくら話し続けても平気なタチだけど」
恵梨、由菜に続き美佳も同意したところで。
「そういえば、ちょっと彩香に聞きたいことがあるんだけどいいか?」
それまで火野と話してた彰が、ひょいと彩香に質問を投げかける。
「……って彰、今の話聞いてたの?」
「ん、何か言ってたのか?」
「彩香さんは今話し疲れてるって言ったば――」
「そんなこと言ってないわ。……彰、何でも質問していいわよ」
きりりと立ち直った彩香が前言撤回する。
「…………あー、さいですか。彰と話す分には疲れないってことね。……はいはい、注意した私がバカみたいじゃない。どうぞ存分におしゃべりくださーい」
「美佳さん、気持ちは分かりますけど、やさぐれないでください」
恵梨が美佳をなだめる。
「美佳どうしたんだ?」
「彰さんは気にしないでいいですよ」
「? そっか」
「それより質問って何かしら?」
「ああ。彩香がこの学校に転校してきた理由を知りたくてな。恵梨にも聞いたんだが、知らないって言ってたから」
「それは……」
彩香が思いっきり言い淀む。
この学校に転校してきた理由は、昨日さんざんイジられたとおり、彰がいるからだ。
だが、それを本人に言えるだろうか?
無理ね。というかあり得ない。……君と毎日会いたくて転校してきたんだ、とか言われたら私だったら絶対引く。
けど、何の言い訳も用意してないしどう答えれば……。
「それは、何と彰がい」
「ちょっと美佳さん! 腹いせに暴露するのは止めてください!」
美佳がさっきの仕返しをしようとして、恵梨に取り押さえられる。
本当恵梨には迷惑をかけてるわね。恵梨だって理由は知っているのに、彰には黙っていてくれたみたいだし。
「その、言いにくい理由なのか?」
「……えっ!? ……ま、まあそんな感じなんだけど! えっと」
って、恵梨のことを考えている余裕は無いわね。この状況、どうすれば脱することができるかしら……?
必死に考える彩香だが、
「もしかして……俺がこの学校にいるからなのか?」
その後の言葉に考えが散り散りに吹き飛んだ。
「ふえっ!? な、何でそのことを!?」
な、何で彰がその理由を知っているの!? ……って、ちょっと待って。それがバレているってことは、私が彰のことを好きなことも……!?
「……はあ。やっぱり当たりなのか」
「た、ため息!?」
私が好きだと分かっていてため息!? ……やっぱり好きな人を追っかけて転校なんて重いなとか思っているのかしら……!?
「どうせ俺と結婚させたい、とか考えているんだろう?」
「け、結婚んんんん!?」
え? え? え? 何を言っているの彰は!? ……いや、そりゃ私は彰のことが好きだし、付き合いたいとは思っているけど! ……けど、付き合った男女の行く先は結婚だし、やっぱりそういうことに………………………………………………って、あれ? 『させたい』?
「藤一郎さんの考えは、ときどき本当に理解できないよなあ」
「………………」
えっと……?
「どうせ今回の転校も藤一郎さんが関わっているんだろ? あの人、俺と彩香が結婚すればいいって考えているから」
「……そう、ね」
「彩香にとって迷惑な話だよな。俺なんかと結婚する気も無いのに、藤一郎さんのわがままに付き合わされて」
「いや、その……」
「親だからって遠慮しないで、自分の意見の主張はしたほうが良いぞ」
「…………うん」
彰が転校を親に強制されたものだと勝手に勘違いしてくれた。……それは良かったものの、自分の思いが全く伝わっていない事実に打ちのめされる彩香。
「いやー、本当に人の不幸を見ながら食べるご飯は美味しいわね!」
その光景を見て、さっきまでの鬱憤が晴れる美佳。
「……美佳さん? ちょっと調子乗りすぎじゃないですか?」
「ここで裏恵梨登場!?」
だが少しハメを外しすぎたようだった。
「彩香さん……その、彰が鈍感なのは今に始まったことじゃないから。……めげずに頑張って」
「そうね。……これくらいで落ち込んでたら、前には進めないわよね」
落ち込んだ彩香のフォローは由菜が。
そして肝心の彰は。
「ところで火野。おまえがこの学校に転校してきた理由は何なんだ?」
「それはやな……」
「あ、どうせおまえのことだから、藤一郎さんが彩香のついでにおまえにも転校を提案したとか。
それでおまえもこの学校の方が面白そうだから、と乗ったとかそんな理由だろ」
「な、何で分かったんや!? エスパーなのか彰は!?」
「おまえは分かり易すぎるんだよ」
自分がもたらした被害に気づかないまま、火野との会話に移っていた。
数分後。
飯を食べ終わるのが早い男子組は、火野と仁志が校庭でのサッカーに行き、彰は畑谷からもらったプリントとにらめっこをしていた。
何かと荒れていた女子組はみんな落ち着き、引き続きの昼食タイムである。
「そういえば彩香さんは今どこに住んでいるの?」
「駅近くのマンションよ。遊ばせていた物件だから、ちょうどいいって父さんが言ってたわね」
「駅近くって、あの辺のマンション大体ファミリー向けよね」
「そうね。父さんは変わらず会社に近いところに住んでいるから、私一人に3LDKは広すぎるって言ったのよ。だけど、新しく用意するのも面倒だからって」
「3LDKの物件を遊ばせてたなんて……さすがアクイナス社長」
風野藤一郎をリスペクトしている美佳が感心したように言う。
「それでは火野君はどうなんですか?」
「彼は下宿しているって聞いたけど」
「下宿……ってことは、理子ちゃんは置いてきたってことですか」
「でしょうね。あんな兄思いの妹を蔑ろにするなんてね」
「火野君って妹がいるんだ」
初耳の由菜が聞き返す。
「そうよ。火野理子っていって、中学二年生なのよ。兄と全く似てなくて、真面目でいい子よ」
「それは……何か想像し難いね」
火野のあのはっちゃけ具合を見て、その妹が真面目だと言われてもにわかには信じられないようだ。
「最初の問題は昨日調べたあの公式を使って……2か。しかし、兄思いって……あれが?」
少し離れた自分の席で問題を解きながら、彰は能力者会談の時に会った火野理子を思い出す。
「12……1……えっとこれはどうすれば……って、そうか……3」
何かある度に……いや、確かに火野が悪いのではあるが、炎の錬金術を使って拷問してたあれは、兄弟のじゃれあいみたいな物だったのか?
「ああもう、難しいな。……11……7……21……14」
あれが女心の複雑なところだって言うんなら、俺は鈍感でも良いかもしれないな。
「6……1……11……5……よし、終わりっと」
「……そ、そういえば彰ってどこに住んでいるのかしら」
ふと気になったという体を装って彩香が聞くが、興味津々なのはバレバレである。
美佳は「あれ? 気になるの? 気になるの?」と茶化そうかと思ったが、恵梨の微笑を見て思い留まった。裏恵梨の恐怖が美佳の中にまだ鮮明に残っている。
代わりにドヤ顔で答えたのは由菜だった。
「ふふん。……彰の家は住宅街の一角、私の家の隣にあるわ!」
「な、何ですって!? …………くっ、けど幼なじみという立場から予想してしかるべきだったかしら」
「家族ぐるみの付き合いだし、夕食も一緒に食べてるし、気が向いたときに遊びに行けるし。どう? うらやましいでしょう?」
「………………うらやましいのだけど、どうしてそこまでアドバンテージがあって彰を落とせてないのかしら?」
「ぐっ!?」
痛いところを突かれる由菜。
「あれよね。近しすぎる故に関係を進めにくいってやつ。そういう意味では彩香さんの方が利しているのかも」
美佳の分析は的を得ているようだった。
「……ところで夕食を一緒に食べているってどういうことかしら? 彰が由菜の家に来ているの? それとも、もしかして彰の家で二人で食べているの?」
現在彰の家に両親共にいないことは、能力者会談のときに彩香も聞いている。
「えっと彰の家で食べているんだけど、二人じゃなくて恵」
「由菜さんストーップ!!」
恵梨があわてて由菜の口を塞いで耳打ち。
「あの、彰さんの家に私が住んでいること内緒にしてください」
「え、何で?」
「ちょっといろいろ事情がありまして」
「まあ、いいけど…………」
何やら複雑なところがあるのを察知した由菜は了承した。
「ありがとうございます」
「……けど、たぶん近い内に彰の家訪れるって言い出しそうだし、隠し通せないと思うよ」
「隠し通すつもりはありません。いつか折を見て打ち明けるつもりです」
恵梨がこんなに必死になって由菜の口封じをする訳は、約一ヶ月ほど前の夏祭りの夜にまで遡る。彰たちと合流するのを急ぐために、ラティスは『記憶』を由菜と彩香に使ったのだ。その結果、由菜は恵梨の両親が殺されたという事実を、彩香は恵梨が彰の家に住んでいることを思い出せなくなった。
『記憶』の解除条件は思い出せなくなったことを他人から話されることである。だから、ラティスは恵梨に思い出させるタイミングを任せたのだが……。
「………………」
結局話さないまま、こんなに時間が経ってしまいましたね……。
恵梨が面倒臭がりを発揮して、ずるずると今日まで過ごしてしまったというわけだった。
いつか話さないといけないとは思っているんですけど……今日じゃなくても良いですよね。
問題の先送りはいけない、と夏休みの宿題で学んだはずなのにその過ちを繰り返す恵梨だった。




