百四十一話「恵梨の気持ち」
連日更新二日目!
「水着に日焼け止めね……結構あざといことしてるのね」
「あざとーい」
「あざとーい」
「う、うるさいわね! 今思いだしても顔から火が出てるんじゃないかって思うくらい恥ずかしいのよ! 大体、そこまでがんばってもあの鈍感に効果無かったし……」
美佳が話し終えた後、彩香はいじられ放題な状況だった。もともとこの年代の女子は恋バナが好きであるし、いじられる側の彩香の反応もいいものだから盛り上がっている。
「由菜もあれくらいがんばりなさいよ」
「わ、私!? ……私はそんな、あ、彰のことなんかどうでもいいって思っているし」
「はいはい。全く意味のない言い訳ありがとうございました」
「ちゃんと取り合いなさいよ!!」
一緒になって由菜もいじられている。
この事態の仕掛け人、美佳は集団を少し離れた場所で眺めていた。
「ふう、彩香さんも転校初日だってのにもうクラスに馴染んでいるわね。これなら私も暴露した甲斐があったわ」
「……美佳さん、ただ彩香の反応を楽しんでただけなのに図々しいですね」
「情報屋として遠慮はなるべくしないタチでね。……って、恵梨どうしたの? あの集団に混じって二人をいじらないの?」
自分を除いた女子みんなあの集団に含まれているだろう、と思っていた美佳は意表を突かれた。
「いつもいじってますし、今日くらいはみなさんに機会を譲ろうと思って」
答える恵梨の理由もまあひどい。
「そう。それにしても………………」
何か言いかけてそのまま美佳は黙る。
「………………?」
何を言おうとしたんでしょうか?
恵梨は少し気になったが、こちらから聞き出すことでもないか、と思い騒動を見守る。
結局次に美佳が口を開いたのは三分ほど後のことだった。
「ちょっと聞いてもいい、恵梨?」
「……遠慮しないって言ったそばから遠慮ですか? いつもそんな前置きせずに、ずけずけと聞いてくる美佳さんらしくないですね」
「いや、それでも一応自分の中に線引きはしてるから」
「葛藤してたってことは、その聞いてもいいか悪いかの線上にある出来事を聞きたいって事ですか」
「まあ、そうね」
それからもう一回決心するようにうなずいてから美佳は口を開いた。
「恵梨はあのいじられている二人の側に回るつもりは無いの?」
いじられている二人? ……あの二人の共通項といえば。
「つまり、彰さんのことが好きじゃないかって事ですか?」
「身も蓋もなく言えばそうだけど」
歯切れの悪い美佳の返事。
「何だそんなことですか。……美佳さんが遠慮するような話題ですから、どんなことを聞かれるのかと構えて損しました」
「結構ナイーブな問題だと思ったけど。……だって恵梨、彰のこと特別に想っているでしょ。なのにそういう気持ちあまり表に出しているの見たことないから、何かあるのかなって」
「……私が彰さんのことを特別扱いしている、ってどこからの情報ですか?」
「そこは女の勘よ」
「……情報網が広くて、勘が鋭くて、社交性もあって本当美佳さんすごいですね」
「褒めても何も出ないわよ?」
「あとはその少し傲慢な性格が直れば」
「うるさいわね…………って、恵梨話逸らそうとしていない?」
誤魔化されませんか。
「確かに私は彰さんのことを特別に想っています」
恵梨は観念して話すことにした。
「やっぱり……」
「ですけど好きだとか、付き合いたいだとか思ったことはありません」
「え?」
美佳だって彩香と由菜をいじって今集団になっている女子生徒たちと同じ恋バナが好きな年頃だ。男女間で特別に思っている=好き、という図式を無意識に信じきっている。だからこそ恵梨の言葉は想像の埒外にあった。
「詳細は話せないんですけど、私は彰さんに助けられました。多大な恩を感じています。特別に想っているのもそういうところからでしょう。……だからといってそれは好きという感情とは違うんだと思います」
「………………」
「だってそんなことを言ったら、いつも人を助けているレスキュー隊員だとか警察官だとかはモテモテでしょう? 助けてもらったから好きになる、ってことは、別の人が助けたならその人を好きになっていたのか?ということになりますから。
だからこの私の感情は好きとかそんな物じゃないんです」
恵梨は女子生徒の集団、その中心にいるだろう二人の方に目を向ける。
「それに彰さんにはあの二人の方がお似合いですよ。
幼少のころからずっと一緒にいて、一番彰さんを理解している由菜さん。
彩香は彰さんに助けられたという事は私と同じですが、私には無い強さを持っています。……彰さんに助けられた内容だって、彩香が強かったから起きた問題です」
男より女は弱い。普通そんな壁にぶつかったらみんな諦めるのに、彩香はそれを乗り越えて見せた。彩香が強くなかったら、そもそも壁を乗り越えて見せようとすら思わなかっただろう。
「大して私は彰さんに困っているところを助けてもらっただけ。そんな私が彰さんを好きになる資格なんて無いんです」
昨日、私は彰さんと対等な立場になりたいって言った。それは逆にすると、私は彰さんと対等な立場じゃないって分かってたからなんだ。
けど、それも当然だ。私は彰さんのことを理解しているわけでもないし、彰さんと並び立てるほどの強さを持っているわけでもない。
なのに対等になりたいなんて……ずるいですね、私。
「………………」
何だかずっと悩んでたことなのに、いざ話すとなるとすらすらと口をついて出た。恵梨は美佳に想いの丈を話したことですっきりしている。
結局そうなんですよね。私は彰さんのことを特別に想っている。そして、その想いがどういうものなのか把握しかねていた。
さっきの美佳に話した、助けてくれた人を好きになる云々の理論は、彰家に居候してすぐのころに思ったものだ。……思いついてたけど、本当にそれでいいのかと迷っていた。
しかし、今ようやく分かった。
私は彰さんのことを特別に想っている。
……けど、それは異性に対する好意なんかでは無いと。
「………………」
なーんか面倒くさいこと考えているわね。
対して、恵梨の考えを聞かされた美佳はうんざりしていた。
恵梨も考えての発言みたいだから私がとやかく言う事じゃないけど…………好きになる資格、ねえ?
「はあ……」
人を好きだって思う気持ちを制限する物なんて、この世に存在しないと思うけどなあ。
それに人を好きだって思う気持ちは理屈では語れないものなのに。……昔から言うじゃない。恋は落ちるもの、だって。
「さて帰ると……って、何だこの集団!?」
教室の扉が開き、彰が入ってきた。職員室に呼ばれていた用事が終わったのだろう。女子、男子それぞれ集団になっているのを見て驚いている。
「あっ、彰さん。もう帰れるんですか?」
「帰れるけど……何なんだこの集団?」
「二人の転校生を歓迎しているのよ」
未だ盛り上がり続けている二集団を美佳が説明する。
「そういうことか」
聞いた彰は集団に呼びかける。
「……ほら、おまえら。彩香と火野だって今日で逃げる訳じゃないんだし、明日でも良いだろ。というか、部活生は今日も午後から部活あるんじゃないのかよ? そろそろ時間だろ」
彰の言葉で時間がかなり経っていることに気づいたのか、あわてて自分の鞄を取りに行くクラスメイトたち。
集団が散ったことによって、由菜と彩香の姿が見えてきた。
「由菜と彩香は一緒に帰れないのか?」
「私はテニス部があるから」
「これから剣道部を見学するつもりよ」
「そうか。……仁志と火野は?」
もう一方の集団の中から出てきた二人にも聞く。
「俺はこれからサッカー部だな」
「前の学校じゃ部活入ってなかったんやけど、仁志と一緒だったら面白そうやからな。俺もサッカー部の見学に行くで」
こちらの二人も駄目か。
「私も文芸部に顔出さないといけないなあ」
聞かれる前に美佳が答える。
「ということは帰るか、恵梨」
「そうですね」
彰と恵梨、二人並んで教室を出ていく姿を見て美佳は思う。
二人が隣り合わせで並んでいる姿だって結構自然な物なのに……本当どういうつもりで恵梨はあんな事を言ったんだろう?




