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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
五章 夏祭り、後の祭り
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百十二話「旅行一日目 海」

「もうシャツが汗でびっしょりだ……」

 まあそれもこの炎天下の中、ずっと外にいて日差しを浴びていたのだから当然のことなのかもしれないが。

「はあ」

 彰はため息をつく。

 まあ、ちょうど着替えないといけなかったからいいか。

 彰は自分の荷物の中から水着を取り出した。


 二人の少女の言い争いの仲裁を行っていた彰が暑さに堪えて旅館のチェックインを行ったのは二十分ほど前のことである。

 そうして一行が案内された部屋は二つ。彰たちは男子組と女子組に分かれることにして荷物を置いた。

 そのため彰が今いる部屋は彰、仁志、火野、雷沢の四人で使う予定である。風野藤一郎は今日しか休みが取れなかったらしく、夜には帰るので部屋は使わないとのことだった。


「ていうか何であいつら言い争ってたんだよ……」

 さっきまで仲裁していた由菜と彩香のことを思い出す。彰にとってはどちらも面識があるが、二人は初対面のはずだ。だというのに、こいつらハブとマングースのような長年のライバル関係なのか、と思うほどに会っていきなり言い争いに発展した。

「原因もまったく分からないしなあ」

 しきりにあいつらは言ってたけど、俺との関係がどうしたってんだ?

 本気で首をひねる彰だが、彰意外の人間に原因を聞けば皆そろって『どちらも彰に恋しているからだろ』と即答するだろうことを彰は知らなかった。


 彰はケンカの原因を『あいつらは本当は血がつながった姉妹で出生のことでお互いを恨んでいるんだ』という昼ドラっぽい理由や、『彩香は幼なじみに親を殺されたから幼なじみという人種を恨んでいるのだ』というどこの復習劇だという理由を考えたがどれも当てはまるはずがない。

 結局すぐに思考を放棄した。

「……考えても分かることじゃないか。……それよりあっちの話も気になるんだけどなあ」

 この旅行中に話すると言っていた風野藤一郎が掴んだという科学技術研究会の情報。それも気になることだが、チェックインの作業中に「夕食後に能力者だけを集めて話すことにする」と由菜たち非能力者に聞かれないように耳打ちされた。

 なので今、彰にできることは、

「海に行って楽しむことにするか」

 ということで部屋を出たのであった。



 部屋を出たところで、隣の女子組の部屋をノックして海に行くことを伝えておく。

 恵梨は「もう少し支度に時間がかかりますので、先に行っておいてください」と申し訳なさそうに言っていた。こういうときに女の方がいろいろと時間がかかるのは彰も知っている。なので彰も「いろいろと準備しておくから」と返した。

 旅館のフロントに行って、ビーチでの拠点づくりの道具、パラソルやシート、飲み物の入ったクーラーボックスなどを借りる。風野藤一郎からそういうものを貸し出すサービスがあるのは聞いていた。

「やっぱり火野も仁志も準備なんてするわけなかったか……」

 彰が悪態をつく二人は部屋に荷物を置くなりすぐにお飛び出していったのですでに海に行っているはずだ。だというのにここで荷物を借りていないということは、準備を放棄したということである。

「何か泳ぎの競争するって言ってたし、元々期待してないけど…………はあ」

 ちなみにだが、残る男である雷沢は海には行かず、幼なじみの光崎と一緒に近場をぶらぶらすると言っていた。要するにデートである。ゴールデンウィークの時もそうしていた覚えがあった。

「暑い……」

 パラソルやシート、クーラーボックスを抱えた彰は炎天下の外に出る。重さと暑さの二重苦が襲う中、海へと歩を進めた。


 とはいえ、旅館から海まではたった五分ほどだったのですぐに苦しみから解放される彰。

「おおー、きれいだな」

 広がるのは真っ白な砂浜を対照的にして青さが目に付く海だ。ハイヤーの中から遠くに目にしたのとは比べものにならないほどきれいである。

 平日のため海水浴客はまばらなので彰は適当な位置にシートを敷いてパラソルを立て始める。

 作業を終えて、自分の作った拠点で一息着いていると声をかけられた。


「すっかり準備できてますね。彰さん、ありがとうございます」

「おやすい御用だ」

 振り返ると水着姿の恵梨がいた。

 その恵梨は水色のワンピースタイプの水着を着ている。露出は少な目だが、長い黒髪で清楚な雰囲気の恵梨にはそれが一番似合っているような気がした。

 いつもの洋服とは全く印象の違う恵梨に、彰がバカみたいにぼーっと見ていると恵梨から注意される。

「彰さん、こういうときに言わなければならない言葉を知ってますか?」

「え?」

「どうですか、私の水着?」

 ワンピースの裾を持ってほほえむ恵梨。そこまでされれば、対女性スキルが絶望的な彰でも分かった。

「……ああ。似合っているぞ恵梨」

「ふふっ、ありがとうございます。ですけど女の子に急かされてから言うようではまだまだですね」

「あいにくとこういう場面には慣れてなくてな」

「後から来る二人にはちゃんと言ってやってくださいね」

 では飲み物を調達してきます。と言って恵梨はその場を離れていった。彰が持ってきたクーラーボックスの中には冷却剤しか入っていなかったからである。


 荷物の見張りとして誰か一人はこの拠点にいないといけない。なので彰は引き続き目の前に広がる海を眺めていた。

 海に来るのは後、由菜と彩香の二人予定である。美佳は風野藤一郎と会ったことで舞い上がって「海なんかにいくより話をしていた方が有意義だわ」と言ってたので今頃風野藤一郎と旅館に残っているのだろう。

 あと一人、GWのときにはいた火野の妹、理子は、何か学校の用事があってこの旅行に同行できなかったようやな、と火野が言っていた。

「遅いなあ、あの二人」

 目の前に海が広がっているというのにここで荷物番をし続けなければならないのは軽い拷問だ。早く二人に荷物番を任せて遊びに行きたい彰は、そのとき待望の声を聞いた。


「こんなところにいたのね」

「だいぶ待たせたわね、彰」

 声をかけた由菜と彩香が水着姿でそこに立っていた。

「お、……あ……うん」

 急にどもる彰。それには目の前に広がる光景に原因があった。

 由菜の着ている水着は赤のビキニタイプだ。腰には白色のパレオを巻いているとはいえその露出度は高く、肌色の方が面積が多いように見える。

 しかし露出度という意味では彩香の方が高い。黒ビキニを着ている彩香は、剣道で鍛えたスレンダーな肢体を惜しげもなくさらしていた。


 ゴクリ、と唾を飲み込む彰。

 いつもは女に興味がなさそうに見える彰もやはり青少年である。どもった理由もその鮮やかな光景に目を奪われていたからであった。


 とはいえ目を奪われてばかりではいけない、と残った理性を総動員させて彰は視線を二人の顔に固定する。

 そして恵梨に言われたことを思い出して口を開いた。

「その、二人とも水着似合っていると思うぞ」

「……彰にそう言ってもらえるとこの水着にしたかいがあるわね」

 嬉しそうにしている彩香。よく分からないが俺なんかに評価してもらいたかったってことなんだろうか? まあ、実際眼幅だとは思ってるけど。

「……怪しい」

 対照的に由菜には懐疑的な視線を向けられる。

「怪しいってどういうことだよ」

「だってあの鈍感な彰が服装のことを褒めるなんて、それこそ夏に雪が降るほどありえないことじゃない」

「ずいぶんとひどい言いぐさだな」

「事実でしょ」


 熱でもあるのかしら、と本気で由菜が心配してくるので彰は全てを包み隠さずに打ち明けた。

「確かに恵梨に言われたんだよ。おまえら二人が来たらちゃんと服装のことを褒めるようにって」

「ほらやっぱり」

「だけど、その、似合っているって思ったことは本当で。……びっくりするほどきれいだから今も心臓がバクバクしている」

「……え」

 りんごか、と言いたいほど顔が真っ赤になっている由菜だが、彰は自分の頬も赤くなっているだろうと言うことは自覚していた。

 くそ、褒めるのって慣れねえな。

 女を面と向かって褒めるなんて自分のキャラに合わない行動だ。何気なく言っていたように見えて、恵梨を褒めたときもこの二人を褒めたときも結構恥ずかしかった。

 それにいつもならここで「馬子にも衣装だな」とか茶化すところなのに、心の底から似合っていると思ってしまい軽口が出てこない。


「わ、私は! 私はどうなのよ!」

「彩香も十分にきれいだぞ」

「……そ、そう。わ、分かっていればいいのよ」

 勢い込んで聞いてきた彩香にもやけくそ気味に彰は褒めた。


「「「………………」」」

 なんなんだこの状況。気まずすぎる……。

 由菜と彩香が顔を真っ赤にしてうつむいている。……俺なんかに褒められても嬉しいとは思えないから、たぶん恥ずかしいのだと思う。

 ともかく会話が途切れた。この状況を置いて遊びに行くのも何か気が引けるしどうすればいいんだろうか?


「彰さーん、飲み物買ってきましたよ」

 悩んでいるとちょうど救いの手が差しのべられた。

「おっ、恵梨。帰ってきたか」

 この気まずい状況から逃げ……ではなく、両手にペットボトルを抱えた恵梨を手伝うためにその場を離れる。

 クーラーボックスに入れていると、恵梨の方から話しかけてきた。

「あの様子を見る限り、ちゃんと褒めたようですね」

「俺はやればできる子だからな」

 恵梨は赤面した二人の方を見ただけでそのことが分かったようだ。


「……そういえばあの二人仲良くなっているな。何があったんだ?」

 水着の衝撃で忘れていたが、つい一時間ほど前までは口ケンカしていた二人だ。だというのに今では普通に仲良しに見える。

「別に何もしてませんよ。最初はお互いがライバルだと誤解していたんですけど――いやそれも間違っていないんですけどね――どちらかというと同士だと分かったようで、それに二人とも人がいいですからね、すぐに打ち解けたんです」

「???」

 さっぱり意味が分からない。何だライバルだとか同士だとかって、やっぱり二人の間には昼ドラや復讐劇みたいな背景があるのか?

「ふふっ」

 そんな彰を恵梨は微笑しながら見ていた。……あれは「彰さん、鈍感ですね」って思っている顔だな。

 反発したい気持ちもあったが、どうせ聞きなおしたところで分からないような気がしたので「仲良きことは美しきことかな」と忘れることにした。


「じゃあ俺はそろそろ泳ぎに行くぞ。さっきから海を前にしてここを離れるわけには行かなかったからうずうずしてるんだ」

「ちょっと待ってください、彰さん」

 恵梨が待ったをかけた。てっきり「行ってらっしゃい」と見送られるかと思った彰は拍子抜けする。

「何かまだ用があるのか?」

「いや、ちょっと手伝ってほしいことがあってですね」

 言いながら荷物をあさる恵梨は、小さなチューブを二つ取り出していた。

「彰さんには由菜さんと彩香さんの準備を手伝ってほしいんです」

「準備……って、私何かわすれていることあったっけ?」

「そんなことないはずですけど」

 二人がきょとんとした顔になる。が、かまわず恵梨は取り出したチューブを見せながら続けた。




「彰さんにはこの二人に日焼け止めをつける手伝いをしてほしいんです」




「「「………………」」」

 その場の空気が固まった。

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