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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
五章 夏祭り、後の祭り
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百十三話「旅行一日目 日焼け止め」

 説明しましょう!

 日焼け止めとはただ肌が日に焼けるのを防ぐ道具にあらず!

 海、水着、男と女、という単語を組み合わせると、

「背中とどかなーい」

「それなら僕が塗ってあげるよ」

 というような、キャッキャッウフフなイベントを起こすことのできるすばらしいアイテムなのです!

 この日焼け止めを持ってすればあの鈍感な彰さんを陥落させることも理論上は可能なはず!


「ふふふ、覚悟してくださいね」

 という考えで恵梨は日焼け止めを荷物の仲に忍び込ませていた。




 印籠のように自信満々に日焼け止めを披露する恵梨に、固まったその場の空気。

 まず最初におずおずとだが声を上げたのは由菜だった。

「ちょ、ちょっと恵梨。そ、それはまだ早いんじゃないかな」

 やっぱりですか。

 由菜さんが日和るのは、まあいつもの由菜さんを見てれば大体想像できていた。

 この場合の対処方法は、

「そうですか……。では彰さん、彩香にだけ日焼け止めを塗ってください」

「そうね。お願いするわ、彰」

 二人いるのだからもう一方を焚きつければいい。恥ずかしそうにしながらも彩香はやる気があるようでちょうど良かった。


 すると彩香の張り切り様を見て由菜があわてだした。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! 誰も塗ってほしくないとは言ってないわよ!!」

「だったら口を挟まないでください」

 恵梨はぴしゃりと言い放ち、これで二人の方は準備完了。次の段階に進むために彰の方を向く。


「ということでお願いできますか、彰さん」

「何でだよ、自分で塗ればいいじゃねえか」

「背中は手が届かないじゃないですか」

「それなら恵梨が手伝えばいいじゃねえか。俺はそろそろ遊びに行きたいんだよ」

 むう、やっぱり彰さん塗りたがりませんね。

 とはいえこれも予想の範囲内。逆に「おう、塗りまくってやるぜ」と手をワキワキさせながら言う彰さんなんて彰さんでない。


(ただ、どうも違和感があるんですよね)

 日焼け止めを塗りたがらない彰の様子に疑問を持つ恵梨。

 そう、彰が恥ずかしがっている様子がないのだ。

(これは……そう。たぶん由菜さんや彩香に日焼け止めを塗るのを恥ずかしがっているのではなく、本当に面倒臭がっているだけなのかもしれません)

 そう気づけば一つの推論が成り立つ。彰が日焼け止めを塗ることの恐ろしさに気づいていないんじゃないかということ。

(彰さんあまりマンガとか読みませんし、自分自身に日焼け止めを塗るときと同じくらい気軽に塗れるものだと勘違いしているのだとしたら……それならいくらでもやりようがあります)


「それなら彰さん。塗らないといけない人が二人に、塗る人が私と彰さんで二人ですから、手分けして塗ることにしませんか? 私も早く遊びに行きたいんですよ」


 このとき自分も早く遊びに行きたいと言うのがポイントである。こういう言い方をされれば、きちんと他人のことも考える彰さんは断れないはず。

「……ちぇっ。分かったよ。じゃあ俺が彩香の方を塗るから、恵梨は由菜の方をよろしく」

 予想通りに彰さんは日焼け止めを手に取った。




 荷物を端に固めて寝るスペースを作る彰。

「ほら、さっさと塗って終わりにするぞ」

「ね、ねえ。何で由菜じゃなくて私の方を塗るって決めたの?」

 シートに微妙に残っている砂を払いのけていると、彩香は何やらよく分からない疑問を口にした。

「そんなのどうでもいいだろ」

「どうでも良くないわよ!!」

「うおっ!? 何だいきなり声を荒げて!?」

 些末な疑問だとおざなりに対応したが、どうやら彩香はお気に召さなかったようだ。

「ちゃんと答えなさい!」

「……何となくだよ、何となく」

「な、何となくってどういうことよ! ちゃんと理由を持って選びなさいよ!」

 理由を言ったのに怒られた。理不尽すぎる。 



 早く終わらせて遊びに行きたい彰は何とか彩香をなだめて、シートにうつぶせにさせる。

「お願いするわ」

 彩香はうつぶせのまま背中に手を回し、水着のトップのホックを外した。水着の下にも日焼け止めを塗らないといけないので当然の行為だったが、

(これってほとんど裸の状態だよな……)

 もし何かの拍子に彩香が体を起こしたら生まれたままの姿をさらすことになるだろう。

 そう気づいてしまうと、ただホックを外しただけだというのにさっきより異様に興奮してしまう彰。


(いかん、いかん。……余計なことは考えずに集中だ)

 日焼け止めのボトルのふたを開ける彰。

 だが集中、集中と唱えているのとは裏腹に焦りまくっていて、彰はよく考えずに彩香の背中の上でボトルを逆さにした。

「ヒャァッ!!?」

 背中にいきなり冷たいものを垂らされ思わず声を上げる彩香。

「ちょ、ちょっと! 塗り始めるなら一声かけなさい! それに日焼け止めは手にとってから塗りなさい!」

 振り返ろうとしたが、それでは見えてしまうのでそのままの姿勢で抗議する。


「あっ、す、すまん」

 彰は平謝りした後、言われたとおりに日焼け止めを手に出した。

(今の彩香の声女の子らしかったな)

 いつものまじめな感じとのギャップがたまらなくよかった。

(………………よかった、じゃないだろうが! ……くそっ、集中しろ、集中)

 自戒を心の中でつぶやくと、手に日焼け止めを取り終えた彰は彩香に声をかけた。

「じゃあ、今から塗るからな」

「え、ええ。お、おお願いするわ」

 いざその時となると緊張するのか彩香の声が割れている。

 だがそれ以上に緊張している彰はそれに気づかないまま彩香の背中に両手を置いた。


 ふにょん。


「~~~~~~~~~~っっっ!!??」

 途端、言葉にならない声を上げる彰。

(な、何なんだよ、この感触は!?)

 そう、彩香の背中に置いた手が特に抵抗なく沈んだのだ。

 し、沈むって柔らかすぎるだろ……。本当に同じ人間の体なのか? この柔らかさは例えるなら女性の肌のようだ。……って例えになってねえじゃねえか。落ち着け、俺。

「どうしたの、早く塗り広げなさい」

 背中に置かれた手の感触に痛いくらいに心臓が鼓動しているが、それでも平静を装って急かす彩香。


「わ、分かってる」

 そう返すのが精一杯な彰は恐る恐る手を動かし始める。

 沈むっていうか、包まれるっていうか……。

 触っているだけで脳が茹だったようにクラクラしてくる。

 ずっと触っていても飽きない感触だ……。

「ちょっ! わき腹はくすぐったいわよ!」

「……あっ、すまん」

 いつの間にか軌道がずれていた。とはいえ、ちょっとさわっただけなのにこの反応だ。彩香はわき腹が弱いのかもしれない。


 そうやって塗っていて分かった事があった。

(剣道で優秀なだけあって身体もきちんと鍛えられているな)

 確かに彩香の体は柔らかいのだが、その奥にきちんと鍛え込まれた筋肉があることが触っていて分かる。

(適当に鍛えてきた俺と違って……)


「彩香の体はきれいだな」


「っ!? い、いいいいいきなり何を言い出しているのよ!?」

「あれ、声に出てたか?」


 思っていたことが口に出ていたようだ。彩香のすさまじく取り乱している。

「そんなこといきなり言われても、その、えっと……」

 それにしてもさっきの言葉そんなに取り乱すほどだっただろうか?


『彩香の体は(きちんと鍛えられていて)きれいだな』 


 ……うーん。そうは思えないんだが。

 あれか? 鍛えられていることを見破られて恥ずかしかったってことか。

 確かに男だったら身体を鍛えているっていうのは褒め言葉だが、女にとっては必ずしもそうとは限らないのかもしれない。

「…………ふむ」

(女のくせに身体を鍛えていて生意気だぞとか、鍛えられすぎていて女らしくないなとかいう意味で彩香はさっきの言葉を捉えたのかもしれない。だとしたらそういう意味じゃないぞってフォローを入れないと)


「彩香」

 未だに顔を手で覆っている彩香に声をかける。……日焼け止めを塗るために水着の上を外しているから、うつぶせの状態で手を頭の方に持ってかれると横から見えそうで、視線のやりどころが難しいんだが……。

「な、何よ」

 少し声のうわずっている彩香に、彰は元気づけるように言った。


「大丈夫。彩香の身体は十分に魅力的だぞ」


「………………」

 あれ? 彩香の動きがフリーズしたんだが。

「どうしたんだ?」

「……もう私、恥ずか死ぬ」

 悲壮な声で彩香がつぶやいた。



「……………?」

 よく分からないが今の内に日焼け止めを塗り終えることにするか。

 最初は気楽に引き受けたがやっている内に分かった。彩香の肌を触っているだけでドキドキしてしまう。それほどにこの行為は危険だ。このままでは理性が保たない。

 それに今この場面を他の人に見られたら、俺は恥ずかしすぎて明日から生きていけ


「それにしても彰くん大胆だな」

「まあ、彰さん律儀なところがありますから一度やり始めた以上途中でやめることはできないんでしょう」

「それにしても彩香さんに対してよくあんなに恥ずかしいこと言えるわね。……私には言ったこともないのに」

「彰のことだから、どうせさっきの台詞も何か違う意味なのよ、由菜」


 ない……ん、だ、が……。


「親として娘のことを一番見てきたと思っていたが、あんなに普通の少女みたいな娘を見るのは初めてだ」

「いつも冷静なだけに、あそこまで取り乱す彩香は珍しいですね」

「いいなあ彩香さんは……。私もあんな風に言われて見たいなあ」

「……こりゃ駄目ね。重傷だわ」


「おまえらいつから見ていたんだ!?」


 思わず彰が叫ぶ。

 今まで気づかなかったが、風野藤一郎、恵梨、由菜、美佳の四人ともこっちをガン見していた。

 彰の剣幕をそよ風のように受け流し、風野藤一郎はすっとぼけた。

「さて、いつからだったか?」

「彩香が塗るなら先に一声かけなさいよ、って言った前ぐらいでしたね」

「最初からじゃねえか! ていうか、恵梨は由菜に日焼け止め塗るんじゃなかったのか!?」

「そんなの一分もあれば塗れますよ。大体彰さんどれだけ時間かけているんですか?」

 ぐっ。そこを突かれると痛い。今だって早く塗り終わらないといけないと思っているのと裏腹に、すでに一度塗ったところに手は置かれていた。


「顔を真っ赤にしながらも、彩香さんの身体をなめ回すように見たり触ったり、とてもイヤらしかったわ」

 悪意特盛りの言葉が、片手にスマートフォンを持った美佳の口から発せられた。

「お前っ!? そのこっちに向けてるスマートフォン……」

「あっ、これ? ……ちょっとメールチェックしていてね。撮影なんてしてないわよ」

「百パーセント嘘だ!」

「何を根拠にそう言うのよ。……ちなみにスマフォのカメラって解像度が結構良くてね、こんな離れたところからでも彰の表情がばっちりと」

「やっぱりじゃねえか!? 何で否定したんだよ!?」

 叫ぶ間もスマートフォンは彰の方を向けられている。


「彰はやっぱり彩香さんみたいにスレンダーな身体好きなの?」

 由菜が何やらいじけた調子で聞いてきた。恵梨や美佳のように明確にからかってくるのも嫌だったが、これはこれでまた面倒くさい。

「……まあ、そういうことも無きにしもあらずと言うべきであろうがしかしまあそうでもないと言ってもおかしくないと」

「答えて」

「………………どちらかというと好きです」

 誤魔化そうとしたところを由菜に遮られた。小声なのに妙な迫力に押されて答えてしまう彰。


「私の身体と比べてどうなの?」

 よく分からない質問だけど、これも答えないといけないんだろうなあ。

「……その、確かに由菜もテニスでやっているから身体が鍛えられているけど、やっぱり彩香の方が剣道で大会に出るほどだからよっぽど鍛えられていてきれいだと思う」

「………………」

 断腸の思いで答えたのにノーリアクションってつらい……。


 だが、そんな彰に構わず、四人は顔を付き合わしてひそひそ話を始めた。

「もしかすると彰くん……」

「いつもの鈍感スキル発動ですね……」

「違う意味だと思うってまあ言ったけど、本当だったなんて……」

「何だそういう意味だったんだ……」

 何かバカにされている気がする。


「ちょ、ちょっと彰。い、今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど」

 四人の方に気を取られていると、彩香がいつの間にか水着を着直して身体を起こしていた。

「もしかしてさっきの私の身体きれいだなって言ったのって……」


「ああ、彩香の身体無駄のない鍛え方できれいだなーって」


「………………」

 予想外だったのか彩香の目が点になっている。……何か思っているのと違ったのだろうか?



 意気消沈したまま彩香はとぼとぼと恵梨たちの方に歩いていった。

「ね、ねえ。私泣いてもいいわよね」

「これぐらいで泣いていたら彰さんとはやっていけませんよ……って言いたいところですけど、彩香はまだ慣れてませんからね」

「あなたじゃなくて思わせぶりな言動をした彰が悪いから」

「そうよ、あの鈍感が悪いのよ」

 あれ、何か俺責められてる。


「うまく誤魔化したな」

 風野藤一郎だけはよくやったなという感じに肩に手を置いてきた。

「…………?」

 が、何も誤魔化した覚えが無い彰は首をひねるばかりだ。

「何と、さっきの言動天然なのか……。いや、逆にそちらの方が恐ろしいのか?」

 よく分からないが見直された彰。



(ていうかさっきからよく分からない事ばかりなんだが……。俺だけを話題から置いていくっていう新手のいじめなのか?)

 もちろん五人にそんなつもりは全く無く、ただ高野彰が夏の海という場所でも相変わらず鈍感なだけであった。



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