百十一話「旅行一日目 出迎え」
その日の朝。彰たちいつもの五人の姿は車内にあった。
「全く私たち五人の為だけにハイヤーを手配するなんて、招待主はどんな人なのよ。夏川市までは電車が通っているでしょ」
「そんなの分かりきっていることじゃない。金持ちに決まっているでしょ。……しかしそれにしても恵梨そんな人と知り合いなのね」
「親友の父親なんです」
三段シートの一番後部座席には由菜、美佳、恵梨が。
「速えな。後どのくらいで着くんだ?」
「おまえそれさっきも聞いただろ。まだ出たばかりだから後三時間ぐらいだ」
中段にはテンションMAXの仁志と呆れているように見えて実はワクワクしている彰が。
「高速道路がすいているから三十分くらい早く着きそうだ。それまで待っててくれ」
運転席に座っている運転手が陽気に答えた。
夏休みに体が慣れてきた八月の上旬。待ちに待った海に行く日がやってきた。
朝から各自荷物を持って彰家に集合して、風野藤一郎が手配したハイヤーに乗り込み、夏川市に向けて出発した次第である。
高速道路を進む車内、由菜が口を開いた。
「……でも、こういう金持ちに誘われたときって何か黒塗りの馬鹿でかいリムジンがやってきて唖然とするのが定番よね」
「それ定番ですか?」
恵梨のツッコミ。
「そんなこと言って、由菜はこのハイヤーでも唖然としていたじゃない」
「しょうがないじゃない。思っていたより大きかったんだから」
ハイヤーが大きい分収納が充実しているため、五人ともに荷物を後ろに載せることができた。そのためゆったりと座れている。
「そういえばですけど、ハイヤーとタクシーの違いって何なんですか?」
「えーと……大きさ?なのかな。…………ねえ、彰なら知っているでしょ?」
恵梨の疑問に由菜が答えようとしたが断念した。
「いや、さすがにそんなこと俺も知らねえよ」
「それなら疑問には私が答えましょう」
美佳が手を挙げて説明を始めた。
「ハイヤーは、営業所・車庫などを拠点に利用客の要請に応じて配車に応じる自動車のことをいうのよ。道路運送法においてハイヤーを定義する条文は特に存在しないから、ハイヤーはタクシーの一種として位置づけられているわ」
美佳はかけていないメガネをくいっと上げる仕草をとる。
「へえ、そうなんですか」
「美佳そんなことまで知っているなんて物知りね」
恵梨と由菜が感嘆をあげる。
「そうだったんだな。……これで一つ長年の疑問が解消したぜ」
「嘘言うな、仁志。おまえ絶対理解してないだろ」
「しかし嬢ちゃんよくそんなこと知っているねえ。おじさんハイヤーを運転してもう二十年は経つけど、ここまで詳しい人に初めてだよ」
彰と仁志に加えて、運転手が感心そうにうなずく。
調子の乗った美佳はさらに続ける。
「タクシーについては乗車から降車までで終了するのが基本で、課金区間も、基本的には乗車地から降車地までででしょ。だけどハイヤーは一営業ごとに出庫→乗車→降車→帰庫という動きをして、その全区間が課金対象となるという点は、貸切バスと同様なのよ。by wikipedia」
「って、おまえただ読んでいただけかよ!?」
見ると座席に隠れて美佳がスマートフォンを持っていた。今までの知識はこれで調べたのを読んでいただけだったのだ。
「あれ? 美佳いつの間にスマートフォンに換えたの?」
「この前の試験でお小遣いが上がったからこれを機に買い換えたの」
「そうじゃねえだろ! 俺らの関心を返せ!」
「失礼ね。誰も知っているなんて言ってないでしょ」
「はっはっは! 君たち面白いな!」
運転手に笑われてしまった。
そうやってワイワイガヤガヤやっているうちに、ハイヤーはトンネルに入った。
十分ぐらいだろうか。薄暗い中を走り続けると、出口が見えてきてトンネルを抜ける。
「うわーーー!!!」
すると車内が歓声にあふれた。そこには少し遠くだが目的地の海が広がっているのが見えたのだった。
由菜が窓の外に釘付けになりながらつぶやいた。
「海ねえ。プールには行っていたけど、最近海には来てなかったからなあ」
「まだ午前中だし、旅館に荷物においたら海に行く予定ですよね」
「がっつり遊べるな!」
「それにしても男二人に、女三人って微妙にバランス悪いわね」
「そうか?」
じゃあどんな男女比ならいいんだ? ていうか、今日は彩香に火野がいるから男三人に女四人だって言うのに。
「……あれ?」
美佳の言葉に疑問を思った彰は、その疑問が違和感に変わったのに気づいた。
そういえば俺、こいつらに今回の旅行には同行者がいるって言ったけ?
「…………そういえば招待主がいるってのは伝えたけど言っていない気が……」
「もうそろそろで目的地に着くから降りる準備をしておくんだぞー」
若干気になることに思い当たったところで、運転手が車内に呼びかけた。
降りる準備をしながら彰は思う。
こいつらもあいつらも個性の強い奴らばかりだからなあ。何が起こるか分からないけど……いや、ただ旅行をともにするだけだし大丈夫だよな。
結論から言うと大丈夫ではなかった。
「へえ、彰の幼・な・じ・みねえ」
「そうよ。だからこの固い絆を邪魔しないでくれる?」
対峙する二人の少女は彩香と由菜だ。お互いに仁王立ちで、バトル漫画だったら背景に燃え盛る炎が描かれているだろう迫力で罵りあう。
「固い? 笑わせるわね。古くさいの間違いじゃないの?」
「何よ?」
「本当の固い絆って言うのは真剣にぶつかった結果できるものではなくて? なあなあな関係ではできない絆が私と彰にはあるわ」
「さっきから言わせておけば……洗濯板のくせに」
「なっ! そのことを言ったわね!? ……ねえ、彰。初対面から人の身体的コンプレックスをあざ笑うこの女のことどう思う?」
「そんなこと言って、挑発してばっかりのこの女こそ悪いわよね」
「「彰! どっちが悪いと思う!?」」
「ちょっとおまえら落ち付けって!」
二人して詰め寄られ、その迫力にビビりながらも彰はこう思ってしまう。
どうしてこうなったんだ。
彰は頭の抱えたい気分になって、現実逃避にここに至った経緯を思い出し始めた。
能力者会談のときにも泊まった風情ある旅館。
そこに到着しハイヤーを降りたところで、先に着いていたらしい風野藤一郎が率いるメンバーに彰たちは出迎えられた。
「やあ、よく来てくれた。……初めて目にかかる人もいるので自己紹介をしよう。
私は風野藤一郎。君たちをここに招待したのもこの私だ」
さすが大会社の社長とも言うべき如才なさで自己紹介を済ませる。
「あ、このたびはお誘いいただきありがとうございます」
「おう、ありがとな」
由菜と仁志が見て取れる風野の器の大きさに呑まれながらも礼を言った。
しかし一人、反応が違う者がいた。
「え……!? もしかして本当にアクイナスの社長、風野藤一郎さんですか!?」
礼儀が悪い訳ではないはずの美佳が、礼を言うのも忘れて驚いていた。
「……ん? 確かに私はアクイナスの社長ではあるが」
「私、あなたの大ファンなんです!!」
感激のあまり、美佳は風野藤一郎に勢いよく近寄っていた。
その勢いに押される風野藤一郎。
「ファ、ファン? 私は芸能人なんかではないのだが」
「そんなの関係ありません! 一代でアクイナスを日本有数の企業に育て上げたその経済的手腕。ほとんどの社員がリスペクトしているそのカリスマ性。そして今なお上を目指し続ける野心を持っていること。そのどれも尊敬しているんです!!」
「そ、そうかい。ありがとう」
風野藤一郎にいつもの余裕がない。
「うわー、恵梨が言っていた風野って名前の富豪は本当に風野藤一郎さんだったんだ。恵梨いいなー、昔から知り合いで。……あっ、そういえばサインもらってもいいですか!?」
「サイン? ……そんなの初めて書くのだが」
「ちょっと待ってください。バッグの中にこの前出た本があったはずなので」
美佳はバッグを漁って、『成功者の経済的センス 風野藤一郎著』と書かれた本を出す。
「これ、私の愛読書なんです」
「高校生がこんなの読んでもつまらなくないのか?」
「いえ、そんなことありません! これを読んで私もこのように成功したいと思っていて、ですから本人に会えて今本当にうれしくて」
「いや、喜んでいるのは見て分かるが」
「ああ、それでサインお願いできますか? それ以外にも聞きたいことがあるんですが」
「……まあ、私なんかでいいのであれば喜んでつきあおう」
「ありがとうございます!」
美佳が本の裏表紙にサインを書いてもらった後質問を始める。
その姿を見て、彰は目を丸くしていた。
「珍しいな。美佳があそこまで我を忘れるなんて」
「風野さんがあそこまで押されっぱなしなのも初めてみましたね」
幼い頃から知り合いである風野藤一郎だが、いつも余裕たっぷりなだけにタジタジな姿は珍しい。
それはそれとして、場を仕切っていた風野藤一郎がその任を放棄したので、状況は混迷を極め始めた。
まず、彰が風野藤一郎と美佳の方を見ている間に、火野が仁志に近づいていた。
火野は完全には近寄らず、なぜか少しの距離を置いて口を開く。
「おまえ名前なんて言うんや?」
なぜか挑発的な口調。
「斉名高校一年、東郷仁志だ。……おまえこそなんて言うんだ?」
応える仁志もどこか好戦的な雰囲気だ。
「同じく高一の火野正則やな」
「「………………」」
それっきり黙ってお互いを睨みつけあう。かなりの緊張状態だ。
「どうしたんだ、あいつら?」
まさか会っていきなりケンカでも始めるつもりじゃないよな、と彰が心配し始めた頃になってようやく火野が口を開いた。
「おまえなかなかできるやつやな」
「ふっ。……おまえこそ」
「おまえみたいなやつは初めてや。……長い付き合いになりそうやな」
「ああ、こちらこそよろしくと言っておくぜ」
そして歩み寄りがっちりと固い握手を交わす火野と仁志。会ったばかりのはずなのに、そこには長年の絆が見えるのは錯覚なのだろうか?
当然、端から見ていた彰はついていけない。
「……」
何があったんだよ!? にらみ合ってただけだろ!?
彰のツッコミはさておき、
「頭の抜けた馬鹿同士、何か通じるものがあるんでしょうか?」
恵梨がずいぶんとひどい評価を下した。
場の混迷はさらに進む。
「久しぶりね、彰」
唖然としている彰に声をかける者がいた。
「ああ……えっと、三ヶ月ぶりか。久しぶりだな、彩香」
出迎えていた内の一人、風野彩香である。
五月の能力者会談での試合で戦い、その罰ゲームという名目でメールアドレスは交換していたのでメールのやりとりはしていたのだが、直接会うのはGW以来である。
「正確には八十七日ぶりよ」
「細かいな。なんだ? 数えていたのか?」
「それは……も、もちろんのことよ」
少し顔を赤くして答える彩香は、彰に会える日までをカウントダウンしていた時についでに数えたのだという、乙女らしい理由が隠されているのだが、
「へーそうなのか。俺はそんなの数えないな」
地球が今日も自転するのと同じくらい当然のこととして、彰は気づかない。
対照的に、気づいた少女が二人いた。
(やっぱり彩香、彰さんのことが好きになっていますね)
恵梨は長年の親友彩香が恋に落ちていることを確認する。恋なんて一生しないんじゃないかというほど剣道に打ち込んでいたので、その変貌ぶりは意外でもある。
そして、もう1人は彰の幼なじみ、由菜であった。
(なんなの、あの女。彰に馴れ馴れしくして。……それにしても知らない女だけど、彰は初対面じゃないんだ)
彰を恋する少女として、初めて会う彩香が彰を想っていることを瞬時に見抜く由菜。敵意むき出しで彩香の様子を観察する。
「それで今日は――」
久しぶりに彰に会った嬉しさで周りが見えていない彩香は、観察されていることに全く気づかないままである。
その状態で長々と彰と会話するものだから、ついには見守っていた由菜がキレて彰と彩香に割って入る。
「ちょっとあなた。彰がもう、うんざりとしているじゃない」
「俺はそんなことな」
「ほら、彰もそう言っているでしょ」
「聞いてないだと!?」
彰の気持ちも発言も捏造し始めた由菜。
「……何の権限があって私と彰との会話を邪魔するのかしら?」
一方の彩香は彰との会話を邪魔したというだけですでに臨戦状態だ。
「それは私が彰のことを一番知っている人物だからよ」
「そこまで言い切るなんて、彰とどういう関係なのかしら?」
「幼なじみよ」
自信満々の由菜の発言に彩香はあざ笑った。
「へえ、彰の幼・な・じ・みね」
現実逃避終了。
「何よ! あの女の肩を持つわけ!?」
「そ、そういう訳じゃないんだよ、由菜」
喧々囂々とした言い争いの仲裁に勤しむ彰。
「だいたい幼なじみとか、それを言い訳として彰と仲良くしていてあさましいのよ! 本当はもっと彰と」
「彩香、ちょっと待ってください。本人がいる前でそれは言っちゃいけないですよ」
恵梨もそれを手助けしている――その状況を興奮して眺める者が一人。
出迎えたうちの一人、中二病の大学生、雷沢がいた。
「ほほう、彰くんに幼なじみがいたとは、また一歩主人公キャラに近づきました。……それに鈍感というのもまた実にいいですね。しかしこの目で幼なじみと別のヒロインによる修羅場にあたふたする主人公を見れるとは思っても見ませんでした」
旅館の前で荷物を持った一団とそれを出迎えた者たち。
「確かにあのとき私はこの製品を世間に出すかを迷った。……しかし、これが莫大な利益を生んだから今のアクイナスがあると言ってもいい」
「裏にそんな葛藤があるなんて思いもしませんでした」
「これから海に行ってどっちが早く泳げるか競争しようぜ!」
「なかなかいい提案やないか」
「結局あの娘とはどんな関係なのよ!」
「えーと、それはGWに……」
「何よ! 恵梨はあの女の肩を持つわけ!?」
「そういうわけじゃなくて、こう、人としてやっていいことと悪いことが……。それよりその発言さっきの由菜さんと同じです」
「さて、この事態をどう収集するんだ?」
この暑い中、どうして旅館の中に入らず外で興奮したように話しているんだろう?と通りかかった人は奇異な視線を向ける。
それはこの場において、唯一全体を冷静に見ている者――雷沢の幼なじみの大学生、光崎純も同じ感想だった。
「これがタッくんが言っている……カオスっていう状況なのかな?
それにしてもみんなこんなところで立ち話してないで荷物早く中にいれればいいのにー」
結局彰たちが旅館のチェックインの手続きをし始めたのはそれから三十分後のことだった。




