↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アタシ(私)はひまわり(月) ~Find Me Again~  作者: 南馬一六三
【巡逢編】 第四章 音速のブーメラン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/38

第二十七茶番 答えは狂迅丸の中に

 数秒の沈黙のあと、ヒロは小さく息を吐いた。


「……そうか」


 もう、迷いを引きずる声ではなかった。

 自分の答えには辿り着いた。

 あとは、行くだけだった。


「陽主様」


 ユウカが声を掛ける。振り向いたヒロへ、一通の封筒が差し出された。


「これを」

「これは?」


 受け取った封筒の表には、感情保安庁の紋章が印刷されている。


「感情保安庁採用試験募集要項です」

「……今、渡すのか」

「今だからです」


 ユウカは微笑んだ。

 ヒロがカヨナへ何を伝えるのか。それはもう、彼自身に任せるしかない。

 自分は一度、理論で説得しようとした。因果律から始まり、丁寧に原因と結果を積み上げた。その結果、何故か筋トレへ着地した。

 世界最高峰の頭脳をもってしても、カヨナ・ワダツミという女性を理論だけで動かすことは難しかったらしい。

 ならば、もう余計なことは言わない。入るか、入らないか。最後に決めるのはカヨナ自身だ。

 だからユウカは、彼女が自分で選ぶために必要なものだけを渡すことにした。

 それが、彼女なりに辿り着いた答えだった。


「それと、こちらは私からのお手紙です」


 もう一通、白い封筒が差し出された。先ほどの募集要項とは違い、こちらには何の印字もない。ユウカはそれを両手で、大切そうに持っていた。

 ヒロの目が細くなる。

 嫌な予感がした。


「何故お前が」

「保険です」

「何のだ」

「保険です」

「答えになっていない」


 ユウカは、にっこりと微笑むだけだった。

 そこへ横から、ホシの低い声が飛ぶ。


「余計なことを書くな」

「失礼ですね」

「お前の場合、余計なことを書く可能性が高い」

「お兄ちゃん」

「職場だ。その呼び方はやめろ」

「まだ何も言っておりません」

「言う前に止めた」

 

 ユウカの頬が、ほんの少しだけ膨らんだ。

 ヒロは白い封筒へ視線を落とす。


「中身は?」

「秘密です」

「読むぞ」

「駄目です。カヨナさんへのお手紙ですから」

「なら俺を経由するな」

「うふふ」

「誤魔化すな」


 それ以上聞いても無駄だった。

 ヒロは諦め、二通の封筒を懐へ入れる。すると今度は、ホシが前へ出て、何も言わず一枚の黒いカードを差し出した。


「使え」

「これは」

「ブラックカードだ」

「見れば分かる」

「利用制限はない」


 ヒロはカードを見て、それからホシを見る。


「お前のか」

「あぁ」

「いいのか」

「急ぐんだろ」


 それだけだった。

 励ますわけでもない。行けと急かすわけでもない。この先に何があるのか分からないなら、考え得る障害を一つ、先に潰しておく。

 合理的だった。

 どこまでもホシらしい。


「後で返せ。利用明細も確認する」

「細かいな」

「当然だ」

「助かる」

「あぁ。それと、本当に返せ」

「何故二回言った」

「お前だからだ」

「……」


 信頼されているのか、されていないのか。よく分からなかった。

 そして最後に、ゆかりが親指で背後を指した。


「乗りな」

「何にだ」

「見りゃ分かる」


 ヒロが窓の外を見る。

 そこには、一台の大型ダンプが停まっていた。

 いや、〝停まっている〟という表現が、果たして正しいのか。


 巨大な車体は、ただそこに存在しているだけで夕闇の景色を盛大に侵食していた。金色と紫色が入り乱れた車体の側面には燃え上がる炎。至る所には素戔嗚を思わせる装飾が施され、バンパーにも、キャビンにも、荷台にも、隙あらば電飾。

 そして車体側面には、巨大な文字が堂々と刻まれていた。


『狂迅丸』

「……」


 ヒロは、しばらく黙った。

 遠くで蝉が一匹だけ鳴いた。おそらく、夏の終わりを惜しんでいたのだろう。少なくとも、目の前の大型ダンプに対する感想ではない。


「相変わらず良い趣味だ」

「ギャハハハハ! 最高だろォ!?」

「褒めてはいない」

「照れんな!」

「照れていない」

「八百馬力だぞ!」

「聞いていない」

「最大積載量十一トン!」

「だから聞いていない」

「排気音も最高だ!」

「それは整備しろ」

「ギャハハハハ!」


 ヒロは額を押さえたが、その口元はほんの少しだけ笑っていた。

 先ほどまで、あれほど怖かった。間違えることが。カヨナに会えないことが。

 その恐怖が消えたわけではない。それでも、今は三人がいる。

 理屈を尽くしたユウカは、もう説得することをやめ、カヨナが自分で選ぶための募集要項と手紙を渡した。合理を貫くホシは何も聞かず、ヒロが進むためのカードを貸した。


 そして野生の女は――。

 狂った大型ダンプを用意した。


 誰一人として「絶対に連れ戻せ」とは言わない。それでも三人とも、ヒロが彼女のもとへ行くことだけは、当たり前のように信じていた。


 ヒロは三人を見る。

 ユウカ。ホシ。ゆかり。

 この連中とは長い付き合いになる。馬鹿なこともした。喧嘩もした。そして、命を預けたこともある。

 だからこそ、長い言葉など必要なかった。


「お前達、すまないな」


 ユウカは、いつもの柔らかな微笑みを返した。


「お気になさらず」

「カードは返せよ」

「まだ言うのか」


 そして、ゆかりが声を張り上げた。


「嬢ちゃんを泣かすなよォ!」


 ヒロの表情が僅かに変わった。

 カヨナを泣かせない。そんな約束ができるほど、ヒロは器用な男ではない。これから何を伝えればいいのかさえ、まだ全部決まってはいなかった。


 ただ、一つだけ決めている。

 ――お前と一緒に戦いたい。

 それを嘘をつかず、飾らず、自分の言葉で伝える。その先を決めるのは、カヨナだ。


 ヒロは静かに頷くと、腰に差した姫鶴一文字へ手を添えた。

 カヨナのために持ってきた刀。それは勧誘の道具ではない。彼女の力を認めた証であり、自分が共に戦いたいと願った、その気持ちを携えていくためのものだった。

 ヒロは狂迅丸へ向かって歩き出す。


「スバルゥ! やっぱ、おめぇも来い!」


 背後から飛んできたゆかりの声に、ホシの眉間へ嫌な予感が刻まれた。


「断る」

「来い!」

「何故だ」

「なんとなくだ!」

「最も嫌いな理由だ」

「ギャハハハハ!」


 ホシは狂迅丸を見た。

 次に、ゆかり。

 そして、ヒロ。

 もう一度、狂迅丸。

 金と紫の巨体は、炎と素戔嗚と電飾をこれでもかと背負っている。

 嫌な予感しかしない。

 ホシは深く、長いため息を吐いた。


「嫌な予感がする……が」


 結局、その足は重々しく二人のあとへ続いていった。


「何かございましたら、無線をくださいませ」


 ユウカの声が三人の背中へ届く。

 振り返る者はいなかった。

 ヒロとゆかりとホシ。そして狂迅丸。

 これから一人の女性を追いかける集団には、どう考えても見えなかった。むしろ、何か別の事件を起こしに行くようにしか見えない。

 それでも、ユウカは微笑んでいた。

 やがて巨大なエンジンが目を覚ます。夜を震わせるような重低音が響き、車体を覆う電飾が一斉に灯った。

 金と紫の巨体が、訪れたばかりの闇の中へ鮮烈に浮かび上がる。


 ユウカは一人、その光景を見つめていた。

 夏の日は、もう沈んでいる。昼間の熱を残していた空気も、少しずつ夜のものへ変わっていた。

 夕方よりも、ほんの少しだけ冷たくなった風が吹く。一人残ったユウカの髪を優しく揺らし、遠ざかっていく三人を見つめる彼女の横を、静かに通り過ぎていった。


 ヒロは、太陽。

 カヨナは、ひまわり。

 そして、自分は月。


 太陽が沈めば夜が来る。夜が来れば月が昇る。けれど、夜が永遠に続くことはない。

 月は、太陽の代わりにはなれない。

 それでも、太陽が見えない時間に、誰かの足元をほんの少しだけ照らすことはできる。

 それでいい。


 ユウカは、遠ざかっていく狂迅丸を見つめた。


「これからも、太陽は必ず昇りますから」


 誰に聞かせるでもなく呟いた言葉を、夏の夜風が拾った。

 答える者はいない。

 言葉はそのまま風の音へ溶け、灯り始めた街の向こうへ流れていく。

 狂迅丸は港へ向かう。

 太陽を乗せて。


 そして、その先にいる――一輪のひまわりのもとへ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。