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アタシ(私)はひまわり(月) ~Find Me Again~  作者: 南馬一六三
【巡逢編】 第三章 へんなひとたち

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第二十五茶番 このまま見送れるのか

翌日。

特務隊詰所、筆頭室。

午後。

開け放たれた窓の手前には、大蒜の臭いが漂い、その向こう側では、蝉が鳴いていた。

夏の日差しの差し込む室内には、ヒロ、ユウカ、ホシ、大蒜臭の元であるゆかりの四人。


机の上には紅茶、コーヒー、プロテイン。

そして、なぜか食べかけのチャーシュー。

最後のひとつについては、誰の持ち物なのか確認する必要もない。

ヒロは腕を組み、三人を見回した。


「報告を聞こう」


最初に口を開いたのはユウカだった。

カヨナは自由奔放で、行動原理の多くを感覚に委ねている。予測から外れる言動も多く、理論で説得するには非常に扱いづらい相手だったらしい。

因果律そして筋トレ。

思い出したのか、ユウカの眉がほんの僅かに動いた。


「ですが、とても良い方です」

その評価には迷いがなかった。

「あぁ」

ホシも頷く。


「馬鹿だ」

「そうか」

「褒めていない」

「分かっている」

「なら何故、そうかで済ませる」

「面倒だからだ」


ユウカが口元を押さえた。

「ですが、お兄ちゃんもカヨナさんを認めていましたよね?」

「実力は認めている」

「人柄は?」

「悪くない」

「良い人ということですね」

「勝手に変換するな」

「うふふ」

珍しく、兄妹の意見はほとんど一致していた。


ヒロは小さく頷き、最後の一人へ顔を向ける。

「お前は」


ゆかりはチャーシューを齧った。

「ラーメン食った」

「そうか」


ホシの眉間に皺が寄る。

「そうかじゃない」


「あとチャーシューも食った」

「それは聞いておりません」

「美味かったぞ」


「報告をしろ」

「した」

「していない」


「ギャハハハハ!」

豪快な笑い声が筆頭室を揺らす。

ホシは額を押さえ、ユウカは紅茶を飲み、ヒロはプロテインを口に運んだ。

誰も、これ以上まともな報告が出てくるとは思っていなかった。


ひとしきり笑ったあと、ゆかりは椅子へ深く身体を預け、残っていたチャーシューを口へ放り込む。

「まぁ、嬢ちゃんな」

「あぁ」


「面白ぇ。良い奴だ」

短い言葉だった。

だが、ゆかりが誰かをそう評することは多くない。


「でもよ」

笑いが消えた。

「近いうち、どっか行くらしい」


その瞬間、窓の外の蝉の声が、妙に近く聞こえた。

筆頭室から会話が消える。


「あぁ。俺にもそう話していた」

ホシが答え、ユウカも静かに頷いた。

「私にもです」


ヒロだけが何も言わなかった。

旅をする。

それは最初から聞いていた。

この街へ来たのも、このジムへ顔を出すようになったのも、カヨナにとっては長い旅の途中に過ぎない。

いずれ、また別の土地へ行く。


分かっていた。

そのはずだった。


「だからよ」

ゆかりがヒロを見る。

「筋肉」

「何だ」

「お前が行け」


沈黙が落ちた。

今度は誰も、それを急かさなかった。


「あぁ」

ホシが静かに同意し、ユウカも頷く。

「私も、それがよろしいと思います」


ヒロは三人を見た。

「何故だ」

ほとんど同時に、三人の顔へ同じものが浮かんだ。


――分かっていない。


ホシが深いため息を吐く。

「俺は合理的な選択肢を提示しただけだ。決めるのは本人だ」

「私も理論で説得を試みました。ですが……」

ユウカは僅かに視線を逸らした。

「筋トレに着地しました」

「そうか」

「そこはもう少し疑問を持ってください」


ゆかりが鼻で笑う。

「あーしは飯食っただけだ」

「お前は何をしに行ったんだ」

「嬢ちゃんと飯食いに」

「そうか」


「だから納得すんなって言ってんだろ!」

ホシの声が飛び、一瞬だけ、いつもの筆頭室へ戻る。


だが、ゆかりはすぐに真っ直ぐヒロを見た。

「最初に嬢ちゃんを見つけたのは、お前だろ」

ヒロの目が僅かに動く。

「一緒に戦いてぇと思ったのも、お前だ。特務隊に欲しいって言い出したのも、お前だ」

ゆかりは机へ肘をつき、ヒロを指差した。


「だったら、お前が自分で言え」

「……何をだ」

「知らねぇよ」

「お前が言いてぇことだ」

即答だった。


ヒロは黙った。

特務隊にはカヨナの力が必要だ。

あの剣技なら、堕転者との戦闘でも即戦力になる。あれほどの実力者を遊ばせておく理由はない。

どれも正しい。


だが、それだけなら。

どうして自分は、ここまであの女に構う。


最初に見た時は、妙な女だと思った。

筋肉の話をして、飯を食って、喧嘩もした。助け、助けられ、一緒に戦い、何度も振り回された。

くだらないことばかりだったはずなのに、気づけば、その隣にカヨナがいる光景を自然に思い描いている自分がいた。


ヒロは目を閉じた。


浮かんだのは、瓦礫の中で刀を握り、一人で立ち上がったカヨナの背中だった。

強かった。

だが、強いから欲しいのではない。

命令されたから戦ったわけではない。

誰かに認められるためでもない。

目の前に、守るべきものがあった。

だから、あの女は立った。


その姿を見た時、自分はどう思った。

答えは、もう出ていた。


――。


ヒロが目を開ける。

「……そうか」

「何がだ」

ホシが眉を寄せる。


「分かった」

ヒロは立ち上がった。

「俺が行く」


ユウカが静かに微笑み、ゆかりの口元が吊り上がる。

ホシだけは黙ったまま、ヒロを見ていた。


ヒロは筆頭室の奥へ歩いていく。

三人は何も聞かなかった。


数分後。

戻ってきたヒロの手には、一本の刀があった。


紫色の鞘。

光を受け、静かな艶を帯びる美しい拵え。

姫鶴一文字。


ユウカの表情が変わる。

「それを渡すのですか?」

「あぁ」

ホシの目が細くなる。

「本気だな」

ヒロは姫鶴一文字へ視線を落とした。

「元々、その時がきたら託すつもりだった」


ただ、今は少し違う。

入隊させるために渡すのではない。

待遇や安定を並べて、気持ちを変えさせるつもりもない。


特務隊に入れ。

そう言いたいわけではなかった。


ヒロの手が、紫色の鞘を握る。

自分が伝えたいことは、もっと単純だった。


――カヨナに背中を預けたい。


それだけでいい。

理屈も、合理性もいらない。

それが、ヒロ・アシハラという男の、今の正直な答えだった。


姫鶴一文字を腰へ差す。

「行ってくる」


「いってらっしゃいませ」

ユウカが微笑む。


ホシは腕を組んだ。

「逃がすな」

「何をだ」

「本人に聞け」

「意味が分からん」


そして、ゆかりがニヤニヤしながら口を開いた。

「筋肉」

「何だ」

「黙って告れ」

「何をだ」

「ギャハハハハ!」

「何なんだ、お前は」

「何でもねぇ!」


笑い声を背中に受けながら、ヒロは扉を開いた。

廊下へ出る。

扉が閉まる。

その足取りに、もう迷いはなかった。

カヨナを説得しに行くのではない。

引き止めに行くのでもない。


自分がどう思っているのか。

それを、自分の言葉で伝えに行く。


そのあとで何を選ぶのかは、カヨナが決めればいい。

旅を続けるのか。

ここに残るのか。

それは彼女の人生だ。


だから、その前に。

自分も、自分の答えを伝えなければならない。

俺はカヨナに背中を預けたい。

だから、このまま見送ることはできない。


――その言葉を届けるために。

ヒロは、カヨナのもとへ向かった。


第二章 へんなひと・完

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