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3-1 王立学院

 王立学院。


 それは王族や貴族だけでなく、平民でも優秀な者なら入学を許される、王国最高峰の学び舎だった。


 広大な敷地には剣術場、魔法演習場、図書館、研究棟、学生寮が並び、将来の騎士や魔導師、官僚たちが育つ。


 アルスは学院の正門を見上げ、小さく息を吐いた。


(懐かしい……。)


 百年前。


 十五歳だった自分は、この門をくぐるだけで胸を躍らせていた。


 友達ができるだろうか。


 授業についていけるだろうか。


 そんなことで頭がいっぱいだった。


 だが今は違う。


 この学院で誰が死に、誰が裏切り、誰が英雄になるのか、その多くを知っている。


 それでも――。


(未来は、もう変わり始めている。)


 学院前で見た黒いローブの人物。


 あれは記憶にない出来事だった。


 もし本当に歴史が変化しているなら、未来の知識だけを頼りに動くのは危険だ。


「アルス王子、お待ちしておりました。」


 初老の男性が近づいてくる。


 学院長、オーウェン・クラウス。


 白髪交じりの髭を蓄えた穏やかな人物で、学院では誰からも尊敬されていた。


「ご無沙汰しております。」


 思わずそう口にしてしまい、アルスは内心で苦笑する。


(しまった。)


 今は初対面だ。


「ははは、私は初めてお会いしますが。」


 学院長は優しく笑った。


「きっと緊張しているのでしょう。」


「……そうかもしれません。」


 なんとかごまかし、胸をなで下ろす。


 まだ未来の記憶を悟られるわけにはいかない。


     ◇


 入学式は講堂で行われた。


 数百人の新入生が整然と席に着き、壇上には国王や学院の教師たちが並んでいる。


 アルスは一番前の席へ案内された。


 王子という立場上、目立つのは仕方がない。


 しかし、それ以上に気になる人物がいた。


(右から三列目……。)


 赤い髪の少年。


 リオン・フェルド。


 未来では「剣聖」と呼ばれた男だ。


 学院卒業後、王国最強の騎士となり、何度もアルスの命を救ってくれた。


 だが三十二歳の時、帝国との決戦で戦死する。


 その最期は、今でも忘れられない。


 アルスは静かに目を閉じた。


(今度は死なせない。)


 そして左側を見る。


 青い長髪の少女。


 静かに本を読んでいる。


 セレナ・エルミス。


 未来では王国最高の魔導師となる人物。


 しかし学生時代は極度の人見知りで、友達はほとんどいなかった。


 前の人生では、アルスが最初に声をかけたことで仲間になった。


 だが今回は――。


(まだ話しかけない。)


 未来を変えすぎるのは危険だ。


 必要以上の接触は避けよう。


 そう決めた。


     ◇


「それでは、新入生代表。」


 教師が名前を呼ぶ。


「アルス・レインハルト殿下。」


 講堂が静まり返る。


 前回の人生でも、この場で挨拶をした。


 内容まで覚えている。


 平和な国を築きたい。


 努力を惜しまない。


 そんなありきたりな言葉だった。


 アルスは壇上へ向かう。


 演台の前で立ち止まり、ゆっくりと会場を見渡した。


(この中の何人が、十年後も生きている……?)


 その答えを知っているからこそ、胸が苦しくなる。


 だが。


 今回は違う。


「私は、この学院で多くを学びたいと思っています。」


 静かな声が講堂に響く。


「剣も、魔法も、歴史も大切でしょう。」


 そこで一度言葉を切る。


「ですが、私は人を守る方法を学びたい。」


 会場がざわつく。


「一人でも多くの命を救える王になるために。」


 短い挨拶だった。


 だが、その一言は新入生だけでなく教師たちの心にも強く残った。


 学院長は静かにうなずき、国王レオンもどこか誇らしげな表情を浮かべていた。


(前回とは違う。)


 ほんの少しだけ。


 歴史が変わった。


     ◇


 入学式が終わると、新入生たちはそれぞれ教室へ案内される。


 廊下を歩いていると、突然背後から声がした。


「王子様。」


 振り返る。


 そこには、黒いローブをまとった人物が立っていた。


 学院の制服ではない。


 顔も見えない。


「……誰だ。」


 アルスが問いかけると、その人物は小さく笑った。


「ようやく会えましたね。」


 その声を聞いた瞬間、アルスの背筋が凍る。


 王城で最後に聞いた、あの声。


『もう一度、やり直してください。』


 間違いない。


 同じ声だ。


 アルスは反射的に一歩踏み出した。


「お前は何者だ!」


 しかし、次の瞬間。


 ローブの人物は光の粒となって消えた。


 まるで最初から存在しなかったかのように。


 床には、一枚の紙だけが残されていた。


 アルスは急いで拾い上げる。


 そこには、たった一行だけ文字が書かれていた。


『一度目の悲劇まで、あと七日。』


 アルスの表情から血の気が引く。


(七日……。)


 その数字には覚えがあった。


 学院入学から七日後。


 前の人生で、初めて仲間を失った事件が起こる日だった。

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