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神の石 -Back to the Baby-  作者: 中山 英司


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第7話 未曾有

深本良治の記事が載った『週刊スクープ!』発売前夜。


滋賀県の博物館に展示されていた琵琶湖隕石が盗難で行方不明となったとの

ニュースが全国に流れる。

手口はプロによるものとされ、館内で管理、使用していたフォークリフトで

ケースを突き破り持ち去られていた。隕石の持つ特性を隠す為、隕石と来館者を

離す為に設けられた物理的な空間が裏目に出てしまった。


隕石盗難のニュース直後、世間の反応はさほど無かった。

しかし翌日になり『週刊スクープ!』が発売されると状況が一変する。

世間で混乱している幼化症の原因に琵琶湖隕石が関わっている深本のトップ記事と

その琵琶湖隕石が盗難で行方不明になっている事態に世間は騒然となった。


ある程度の売れ行きを予想して発売前増刷はしていたが間に合わず、週刊誌では

異例の発売後増刷が決まるほど『週刊スクープ!』は売れに売れた。

しかし、当の専属記者である深本は肩を落としていた。


「これでは単なる一発屋で終わってしまう...。まさか盗まれちまうなんて」

「まぁまぁ。増刷できるほど好評ですし、今のところは良しとしましょうよ」

編集者の尾野が深本を励ます。

深本は琵琶湖隕石の持っている特別な何かを掴み記事に繋げたかった。それが

盗まれて何処かへ行ってしまえば元も子もない。

「今は盗人が捕まって隕石が戻ってくるのを待つしかないのか...」

深本は祈る仕草をした。


そんな深本の記事とは裏腹に、琵琶湖隕石の盗難に関し博物館と警察が

出した判断は

”隕石の希少価値を狙った金銭目的での犯行”と断定、幼化症との関連に一切

触れる事はなかった。


『週刊スクープ!』記事の真贋と幼化症との関連に触れない博物館と警察

への疑念。

憶測が憶測を呼ぶ事態となり、幼化症をめぐる混乱は益々大きくなっていく。

そんな中、盗まれた琵琶湖隕石は富山県へと向かっていた。



琵琶湖隕石盗難から二日後の夕刻。


荷台にバッカン(鉄箱)を載せた中型トラックが国道8号線を走っている。

バッカンの天面にはブルーシートが掛けられており、中は見えない。

傍からは産業廃棄物を運ぶトラックにしか見えなかった。

トラックが道の段差を通る度に揺れる。ブルーシートが不自然にふわふわと浮く。

その浮き方は中の物が外に出たいと反発しているようにも見える。バッカンの

中身は琵琶湖隕石だった。

博物館から盗みだされた隕石は無造作にトラックに載せられていた。

トラックのナンバープレートは『わ』ナンバーでレンタカーだった。


夜になり、トラックは富山湾に到着した。

暗い漁港。船体に何も表示が無い漁船が一隻、港に停泊している。

トラックがバックしながら荷台を漁船に寄せると、黒づくめの船員数名で

漁船の油圧クレーンを操作し、トラック荷台のバッカンに素早くワイヤーを

取り付け、クレーンのフックに引っ掛けていく。

一人の船員が右手を大きく上に挙げると、バッカンが持ち上がり油圧クレーンの

アームが徐々に短くなっていき、トラックから漁船へとバッカンが移動していく。

漁船に載せるまでわずか五分ほどの出来事だった。


”組織による犯行なのか”

”国内の犯罪組織なのか”

”海外の組織によるものなのか”


何もわからないまま、琵琶湖隕石を載せた漁船は逃げるように港から出航

していく。


新潟県、

  山形県、

    秋田県、

      青森県...。


船は日本海を沿うように北へと向かっていく。

そして船が北海道を東に見ながら日本領海を離れた瞬間、船が青い光に包まれた。


ドオオオォォォンンン!!


船から垂直に、大きな花火が打ちあがったかのように青白い物体が飛び去る。

物体は数千メートル上空に上がった後、南南西方向へと移動を始めた。


ゴオオオォォォ...


凄まじい爆音を響かせながら物体は青白く光る飛翔体となり、ジェット機ほどの

速度で飛んでいく。

時速およそ800km/hの物体が上空数千メートルの高さで、まるで日本を眺めるかの

ように飛んでいく。

その様子はすぐさまニュース速報となって全国に流れ、多くの人が突然発生した

天体ショーに遅れまいと空を見上げる。


そして青白く光る飛翔体は岐阜県あたりで下降を始めたかと思うと、そのまま

滋賀県の琵琶湖へ落下した。


飛翔体落下のニュースはすぐさま続報として全国へ広がっていった。



「デジャブかよ...。いや、二度と見る筈の無いものを再び見る事になるとは...」

三重鉱物研究所の元鉱物研究員 大野修平は自宅のテレビを見ていた。

画面には飛翔体落下のニュースが流れている。

飛翔体は琵琶湖の南湖東側。修平には五年前の琵琶湖隕石とほぼ同じ位置へ

落下した様に見えていた。

そして落下付近の湖面から大量の水が勢いよく噴き出している。

「水が噴き上がる映像が流れてる...これ...もう隠せないだろう...?」


「何が隠せないの?」

妻の優美が不思議そうな顔で修平に問いかける。


修平は居ても立っても居られなくなっていた。

未知の琵琶湖隕石と自分の身に起きた変化。

週刊誌から拡散した琵琶湖隕石と幼化症の関係。

更に琵琶湖隕石が盗難に遭い、再び謎の飛翔体が琵琶湖に落下している。


「これはもう...確認するしかない!」


修平はソファから立ち上がると

「今からすぐに行きたいところがあるんだ。一緒についてきて欲しい」

優美に伝えると、急いで車を出す準備を始めた。



およそ三時間かけて大野修平と妻の優美は琵琶湖の南湖東側へ到着した。


「間に合わなかったか...」


五年前の隕石落下と比べて、警察の規制線が琵琶湖から更に離れて引かれて

いる。いかに見物客や野次馬が多かったかがわかる。

湖水の噴き上げは確認できない。既に落下した飛翔体は引き上げられた後で

警察の仮設テントや規制線の撤去が始まろうとしていた。

規制線が引かれている場所から見て、五年前の隕石とほぼ同じ位置への落下で

間違いないと修平は計測していた。


「こんな場所にまで仕事に行ってたんですね」

優美が言うと

「何も言わず付いてきてくれてありがとう。ちょっとした遠出になって

しまったね」

修平は感謝の気持ちでいっぱいになる。

と同時に、落下した飛翔体が見れなかった悔しさが(あふ)れてくる。

と、その時だった。


「あれぇ~?大野さんじゃないですかぁ!?」

どこかで聞いた声だ。声のする方向を見ると、規制線と警察の仮設テントの間

で大きく両手を振っている女性がいる。

それは修平が鉱物研究所でコンビを組んでいた吉田加奈子だった。


修平が思わず右手を大きく振ると、規制線の手前まで吉田が駆け寄ってきた。

遅れて若い男性が駆け出した吉田に気付き、後を追ってくる。

「やっぱり大野さんだ~。それに奥さんも!ご無沙汰してます~」

吉田が深く頭を下げる。

「は、初めまして」

吉田の後を追ってきた若い男性が挨拶をする。

「ああ、お初でしたね。彼は小山君といって大野さんが定年退職されてから

異動してきた後輩なんですよ~」

吉田が得意気に説明する。

「初めまして。元鉱物研究員の大野です」

修平は小山に話しながら

”吉田と小山か~。そうなると小吉コンビ?いや、後輩なら吉小になるな...ええ

ええい、どうでもいいや”とくだらない思いを巡らせていた。


「定年前より若々しくてちょっと違う人に見えちゃいました。もしかして

大野さん、幼化症になっちゃったのかなぁって思っちゃいましたよ~」

吉田が冗談交じりに言うと、修平はギクリとする。

「いや、仕事のストレスから解放されたからかな...。そのなんだ、吉田さんの

方こそ大丈夫なのか?」

退職して上司ではなく、かつ妻がいる手前呼び捨てはおろか君とも言えず

よそよそしく修平は吉田へ質問する。

「私ですか~?悲しいかな順調に歳を取ってますよ~。三十路になったばかりで

気付いてないだけかもですが」

あっけらかんと言うと、小山が腕時計を確認する。

「吉田さん、そろそろ特殊車両が出る時間です。我々も準備しないと」

そうだったとばかりに吉田は手をたたくと

「大野さん、やっぱり来ると思ってました~。久々の再会、嬉しかったです!!」

規制線の内側へ戻っていく小山の姿を確認した後、吉田が修平に小さな声で囁く。


「たぶん、同じです。何が同じかって、大野さんならわかりますよね!」

修平に伝えると、吉田は小山の後を追いかけていった。


修平は吉田の後ろ姿を見ながら呆然としていた。


落下した飛翔体も解析や組成調査が行われるだろう。仮に...吉田の言った通り

同じ物...。つまり琵琶湖隕石だったとして本当にそんな事が有り得るのだろうか。

一度落下した隕石が行方不明になったと思ったら再び同じ場所へ落ちてくる。

いや、あの隕石が持つ特性を考えたら有り得ない事もないかもしれない。更には

幼化症とも関係があるかもしれない。

二度目の親知らずは隕石に近づいたからか?いいや、吉田は何も無さそうだった。

そもそも幼化症って何なんだ?何故、何の理由で若返っていくんだ...?


信じられない事態が起こり続けている現実。修平はただただ受け入れるしか

なかった。


「大丈夫...?」

優美が心配そうに声をかける。

「ああ、ごめん...。五年前の仕事を思い出していて。そうだ、遅い昼食をして

そのあと彦根城でも観に行かないか?」

気を取り直しながら修平が言うと、優美は嬉しそうに頷いた。



一週間後。


政府から落下した飛翔体の調査結果が公式に発表された。

飛翔体は盗難で行方不明となっていた、五年前に落下した琵琶湖隕石と同一であり

この隕石だけが持っているふたつの特性も同時に公表された。


”全ての外力に反発し、常に摂氏四十五度を保ち続けている”


特性公表に至った理由は明かされず、何故再度同じ場所へ落下したのかについても

現在調査中とし、更に盗難が発生したことにより博物館の再展示は行われず

政府監視のもと保管場所非公表で厳重に管理される事が決定する。


そして世間が一番注目しているであろう、幼化症との関係について政府は一切

触れる事はなかった。


若返り赤子に戻ってゆく人間が現れ、隕石が二度同じ場所へ落下する異常事態。

過去の常識が通用しない未曾有(みぞう)の出来事に、人々は混乱し続けるのだった。



時間だけが刻々と過ぎていく...。



琵琶湖隕石の再落下から十日後。

大野修平が幼化症の検査を受けてから丁度一ヶ月が経った。


修平は検査結果を確認する為、(はや)る気持ちを抑えながら市民病院へ向かう。

受付で申込をし診察を待つ。

”もし幼化症だったら?”この問いだけが頭の中で何回も繰り返されていく。

他は上の空でふと我に返る度、己の身の事ばかり考えている自分が情けなくなる。


「俺だけじゃないのにな...」

気付くと看護師が自分の名前を呼んでいる。修平は診察室へと向かった。


診察室へ入り椅子に座ると、医師から一枚の紙を渡される。

修平は紙を受け取り内容を丁寧に確認していく。修平の様子を見ながら医師が

説明を始めようとした時、修平が思わず声を上げた。


「これはどういう意味ですか?」



未知の変化が時と手を組み、人々へ試練を与え続ける。



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