第6話 推測
「これは長年取材してきた記者の直感や!間違いない!!」
出版社のビルの一室で息巻く男。『週刊スクープ!』専属記者の深本良治だ。
年齢は三十八歳の痩せ型で熱い男である。
「深本さん...。今日は何ですかね。いいネタでも見つけましたか?」
編集担当の尾野和夫があきれ顔で聞く。年齢は三十二歳で深本より年下だが
仕事上の立場は深本より上である。
「琵琶湖に落ちた隕石と幼化症は関係しとる!」
「また隕石ですか~。もう五年くらい前の話でしょ...」
大声を出す深本に、尾野は片耳を手で押さえながら応える。
五年前。記者の深本は琵琶湖隕石落下直後の取材をしていた。噴き上げ続ける水。
そして吸い込まれるような青い隕石。
他の隕石では見られない”噴き上げ続ける水”を主体に記事を書き上げたが、政府
経由の妨害で記事はあえなくお蔵入り...つまりボツとなってしまった。
深本は気性が激しくかつ根に持つ性格だ。あれはただの隕石ではないと地道に
取材を続け、琵琶湖隕石と幼化症の関連に記者の直感でピンときた...らしい。
「ではどのように関係しているか、原稿を見せてもらえますか?」
尾野がしぶしぶ催促すると
「これや、これぞほんまのスクープやで」
深本が尾野へ原稿を渡すと、尾野はいつも通り斜め読みで早めに切り上げて
不採用にする...筈だった。
次第に尾野の眼が真剣になっていく。原稿を読み終えると
「深本さん、よく辿り着きましたね...」
久しぶりにまともな原稿を読んだ尾野は感慨深げに深本を見つめる。
「そや、他の取材が功を奏したんや」
『週刊スクープ!』は時事ネタを始め、オカルトや世間のうわさを書く週刊誌
である。深本は様々な取材の中で最後に必ず相手に琵琶湖隕石について確認を
取っていた。まさに”足で稼ぐ取材”をしていた。
そして深本はたまたまアンチエイジングや若返りを主体とした取材も担当して
いた。
読者や応募者から寄せられるアンチエイジング情報は玉石混交で、整形混じりの
ガセネタから信じるに値するものまで様々だ。
深本は今までならガセネタと切り捨てる情報でも取材し、異質なものを少しずつ
拾っていた。
「幼化症が公表された瞬間、すべてが繋がったんだよ」
異質な若返り情報を寄せた応募者の殆どが、何らかのかたちで琵琶湖隕石と
絡んでいた。
たまたま仕事で滋賀のホテルに宿泊し落下現場を見た者や博物館へ観に行った者。
落下前の飛翔体として見た者もいた。
情報の裏はしっかり取れている。
「これは、編集長へ打診してトップ記事にしてもらわないと」
少し興奮気味に尾野が言うと
「頼みます!手間暇かかってますんでいい返事待ってます!」
深本は気合の入った声と共に記事を採用してもらえるよう、軽く頭を下げた。
同刻。
幼化症対策チーム室。
チームリーダーの岡沢が新しく届いた研究データを見ながら唸っていた。
「とうとう未成年者から発症者が出てしまったか」
「はい...。成熟してからでないと発症しない前提の検証は崩れました」
スタッフの西村が残念そうに呟く。
「それともうひとつのデータ...。経歴が鉱物研究員。ん?珍しい職種だな」
岡沢が何かに気付く。
「政府のデータベースで確認する必要がありそうだ」
慣れた手つきでアクセスし、研究データ番号と検出に必要なキーワードを入力
していく。
「大野修平 六十五歳 三重鉱物研究所 元鉱物研究員で退職済
政府を経由した警察依頼の研究 琵琶湖に落下した石鉄隕石の解析と組成検査..か。
政府が関係している研究データは初めてだな」
岡沢は追加でキーワードを入力していく。
「なるほどな...近畿地方の発症者が多いのが何となくわかったような気がする」
岡沢は納得した表情で画面を見つめる。
「他の隕石には無い特性、かつ政府内機密ですか...気になりますね」
西村が興奮した声を上げると
「特性が何なのかはわからないが発症の可能性のひとつとしてはありそうだな」
岡沢が言葉を続ける。
「これはまずいかもしれんな」
「何がまずいんですか?」
意表をつく言葉に西村が聞き直す。
「私たちはまだ細胞の若返りとその速度の違いしか解明できていない。ただでさえ
発症者とそうでない者の外見上の見分けがつかないんだ。安易に不確定な情報を
出してしまうと更に世間を混乱に陥れてしまう」
「ああ...。そういうことですか...」
「博物館の展示は中止して隔離した方が良さそうだな。少しでも発症の可能性の
ある芽は潰しておきたい。だが、隔離には相応の理由が要る。幼化症との関連は
知られたくない。どうしたものか...」
岡沢が顎に手を当てたまま考え込む。
「推測の域は出ませんけど、もし発症を抑制できれば治療の研究に専念
できるわけですし、たとえ時間がかかっても幼化症との関連は知られずに
隕石の隔離は進めないといけませんね」
西村が言うと
「私から幼化症対策チームのトップに打診するしかないかな。どのみち私たちでは
政府と直接の交渉はできない」
「おぼろげながらも発症の原因と症状は解明しつつありますが、肝心の治療の
手掛かりがまだ何も掴めてない。せめて若返る速度を遅らせる何かを解明できれば
いいのですが」
西村の言葉に岡沢は再び考え込む。
「幼化症...。こいつは時間が経つほど社会に及ぼす影響が大きくなっていくな。
治療法が確立できるまで大変な事になっていくのは間違いなさそうだ」
岡沢は部屋の天井を見つめながら考えを巡らせていた。
三日後。
『週刊スクープ!』専属記者の深本良治の元に一本の電話が届く。
尾野から琵琶湖隕石と幼化症の関係をまとめた原稿が採用され、翌週の誌面トップ
を飾る事になったとの連絡だった。
少し落ち着いてきたとはいえ、世間は幼化症の情報を欲している。
深本の記事は時流を掴んだ。
「よっしゃ!!」
深本は大声を張り上げて喜び、次の琵琶湖隕石記事に着手する。
「何とかしてこの隕石だけがもっている、水が噴き上がるほどのものが何かを...
今度こそ掴まなくては!」
深本のトップ記事が載った『週刊スクープ!』が発売されるまであと五日..。
あと三日...。
あと二日....。
そして発売前日の夜。琵琶湖隕石の盗難事件が発生した。




