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神の石 -Back to the Baby-  作者: 中山 英司


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第5話 混沌

政府直下の特別医療組織から『幼化症(ようかしょう)』が公式に発表された。

そして政府が把握している幼化症の発症者数は九十二名であり、最初の死亡者が

田口良枝であった事や、現時点で発症に至る原因は不明であり、

人から人への感染は確認されていない事が続報として公表された。


幼化症が公表された途端、前代未聞の奇病に世間は騒然となった。

たった数年で年寄りが乳児にまで若返っていき、最終的に亡くなってしまう。


”何がきっかけで発症するかわからない”

”発症はどうやってわかる?”

”身近に発症した人や発症を隠す人がいなかったか”


”若返っていくのなら、老いていくよりいいではないか”

”数年で死んでしまうのは嫌だ”

”そもそもそんな病気が本当に存在するのか?”


”自分は大丈夫なのか?”

”家族は大丈夫なのか?”

”子どもは大丈夫なのか?”

”俺が好きな人は...” ”私の愛する人は......”


皆が疑心暗鬼になり、全国のありとあらゆる病院や保健所に問い合わせや

来院が殺到する。


そんな中、一人の男が自分の身に起きた信じられない事態を冷静に捉えていた。

元鉱物研究員の大野修平だ。

二年前、二十歳の頃に抜歯した親知らずが六十三歳になって再び生えてきた事を

忘れていなかった。

いや忘れる筈がない。二度目の親知らずも既に抜歯は終えている。あの様な事が

あったにもかかわらず、その後も定期検診で歯科医院へ通院しているものの、

異常な親知らずについて医師からの知らせは無かった。


”発症しているかもしれない。確かめよう”


大野は車で行きつけの歯科医院へ向かう。歯科医院に着いたが駐車場が満車で

入れない。医院の中に入れないでいる人も見える。駐車場の空きができるまで

近辺の道を当てもなく車を走らせる。

「世の中そうとう混乱しているな。当たり前か」

大野は思わず独り言をつぶやく。自分も混乱している一人だが、過去に自分に

起きた事態を思うと何もせずにはいられない。

再び歯科医院に着くと丁度駐車場が空いた。大野は車を停め、玄関口へと向かう。


人が多い。普段より長い待ちになりそうだと玄関外で待っていると、他の受付

待ちの人達の会話が聞こえてくる。その殆どが過去の診察で他に異常がなかったか

の確認だった。

単に自分の身に些細な異常が他になかったか知りたいだけか...とふと親知らずの

異常を知った二年前、歯がまとめて抜けて泣いていた男の子がいた事を思い出す。

あの男の子ももしかすると幼化症を発症していたのではないか?

「そんなわけないか」

子どもなのに更に子どもに戻っていくなんておかしいだろうと自分の邪推に

嫌気が差した時、受付から声がかかる。

「大野さん、大野修平さん。受付にお越しください」

大野は玄関外から受付に向かい、自分へ声をかけた歯科衛生士に親知らずと

幼化症について説明する。説明を聞いた歯科衛生士が一旦受付奥へ行ったかと

思うと、すぐに歯科医師を連れて戻ってきた。

「大野さんですね。ここでは診れませんので大きな病院への紹介状を書きます」

歯科医師が言うと大野は嫌な予感がした。


紹介状が書かれる時。自身の経験や知り合いの話では大きな病気で入院や手術を

する必要がある場合が多かった。

真っ先に妻の優美の顔が浮かぶ。

”余計な心配はさせたくない。はっきりとした結果がわかるまで優美には黙って

おこう”

紹介状を受け取る。行先は自宅から比較的近い市民病院だった。


善は急げ、悪は延べよという諺があるが、自身の身に起きているのは

どちらだろう。

大野は急ぎ翌日に市民病院へと向かう。前向きに善と思いたかった。

急いだのが良かったのか、思っていたほど待つことなくすんなりと診察室へと

案内される。

大層な検査が控えているかと思いきや、採血と採尿そして爪と毛髪の採取で

終わった。

最後に医師からのヒアリングが行われる。簡素な経歴と最近の体調を確認された

くらいで診察はあっさりと終わってしまった。

「検査の結果が出るまで一ヶ月ほどかかります。一ヶ月後、お時間のある時に

ご来院ください」

病院を後にしながらあまりの診察のあっけなさに大野は逆に不安になる。

「公表された女性ほど、変化が進んでいないからか...?」

異常な親知らずを除き、大野の外見にこれといった若返りの変化は現れていない。

病院の様子を見るに自分が思う以上に発症者が多いのか?

政府が公表した発症者数は九十二名だった。実際はそれ以上、数百人いや数千人

いるのではないか?

自分の親知らずから既に二年が経っている。そして多くの人が発症を疑い混乱して

いる。数千人いても不思議ではない。自分だけではないんだ...。

大野は自分に言い聞かせながら帰路を急いだ。



政府の公表から十日後。


田口良枝を担当した特別医療チームは、政府の幼化症公表後に

『幼化症対策チーム』と名を変え徐々に規模を拡大、活動を継続していた。

公表後、送られてくる研究データが増え解析が進んでいく。

しかし発症の原因や治療に繋がる手掛かりは未だ掴めていない。

まさに”未知の奇病”との戦い。増えていくデータの解析でわかってきたのは

”細胞が若返る速度の違い”その一点のみだった。


「突然変異...なのか!?」

幼化症対策チームリーダーの岡沢が頭を抱える。

「単純に考えると個人差の大きい若返りといえます」

スタッフの西村が即言葉を返す。


人は生まれ、育ち、成熟を迎えそして老いていく。生きていく上で誰もが避けられ

ない変化。それが老化だ。

細胞にテロメアというものがある。染色体の一部で細胞分裂を繰り返す毎に

少しずつ短くなっていく事で劣化、つまり老化していく。

幼化症はこの老いへ向かうサイクルを無視し”逆行”を始める。

細胞分裂を繰り返す毎に短くなったテロメアが長さを取り戻していく。

発症者により取り戻すテロメアの長さに違いがあり、最初に亡くなった田口良枝は

他の発症者よりテロメアを取り戻す量が突出していた。


何故逆行を始めるのか。チームが立ち上がってから四年以上経過したが未だ

解明できていない現状に、岡沢は焦っていた。


「そもそも病と呼べるのかすらもわからなくなってきた...」

岡沢が弱音を吐くと

「それでも研究し、解明しなければならないんです。しっかりしてください」

西村が言うと、岡沢はふと我に返り普段の冷静さを取り戻す。

「そうだな。解明を進め世間へ公表する事が私たちの使命だな」


何故岡沢が病ではなく突然変異を疑い始めたのか。

データの母数が増えていく事で岡沢はある傾向を見出しつつあった。

「岡沢さん、新しい研究データが届いたようです」

西村からの連絡を聞き、岡沢は届いたデータを確認していく。

「これは...?」

岡沢の中で何かが繋がろうとしていた。



政府の公表から半月が経ち、世間の幼化症騒ぎが少し落ち着き始めた頃。

とある出版社のビルの一室で息巻いている男がいた。



未知の変化が人の手で更に深く、大きくなっていく。


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