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神の石 -Back to the Baby-  作者: 中山 英司


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第2話 変化

隕石落下から三年後。


三重県某所にある閑静な住宅街。


自宅のリビングで昼食を取りながらうめいている男がいた。

「いててて...。下の奥歯に鈍痛が。虫歯かな」思わず右頬を手で押さえる。

男の名は大野修平。琵琶湖隕石の引き上げと解析に関わった鉱物研究所の

元研究員だ。定年退職し六十三歳になっていた。

「大丈夫?歯医者で診てもらったら?」妻の優美が心配そうに声をかける。

「そうだな。食べ終わったら行って来るよ」

食事を終え歯を磨くと、行きつけの歯科医院の診察券を財布に入れ自宅を出る。

「少し前に定期検診を受けたばかりなのにな」

大野は納得できない気持ちを抑えながら車のエンジンをかける。

フロントガラスに付いた鳥の糞が気になったが、今は歯の痛みの方が勝っていた。

「こういう時こそ運転に気を付けないとな」

大野は自分に言い聞かせるように車を発進させた。


歯科医院に到着し診察の順番を待っていると、三十代半ばと思われる母親と小学校

中学年くらいの男の子が慌てた様子で来院し、受付に話しかける。

「この子の歯が急に二本抜けてしまって...。なんとかなりませんか」

抜けた歯を入れた袋だろうか。星柄の刺繡が入った袋を両手で握りしめながら

男の子は若干緊張しているように見える。

乳歯が抜けたくらいで..最近の親は何かにつけて過保護だなぁと大野が思って

いると

「大野さん、大野修平さん。Bの診察室へどうぞ~」

いつもの聞き慣れた声の歯科衛生士に名前を呼ばれる。大野は右頬を押さえながら

診察室へと入っていった。

「う~ん、虫歯は見当たりませんね...。念の為レントゲンを撮りますね」

歯科衛生士に言われるがままレントゲン室に案内され、なされるがまま撮影台で

エプロンを被りスポンジを噛む。

部屋の扉が閉まり機械の回転が始まると、大野はさきほどの緊張した男の子の

表情を思い出していた。


レントゲン撮影が終わり診察室へ戻ると、歯科医師と歯科衛生士が驚いた顔で

大野を見つめる。診察台に座ると、歯科医師がレントゲン写真を表示した。

「親知らずですね。隣の歯を押す方向に生えてきています..きているんですが...」

別のレントゲン写真を表示する。

「これが前回の定期検診、半年前に取った写真です。親知らずは見当たりません」

歯科医師が小刻みに唇を震わせながら伝えると、大野は過去に経験した

同じ痛みを思い出した。

「先生、この位置の親知らずは二十歳くらいの時に抜いています」

大野が右頬を指差しながら答えると

「こんなことは歯科医として長年働いてきて初めてで...わかりません...」

困惑した様子で歯科医師が話す。

「とりあえず抜いてもらえますか」

信じられない事態で忘れかけていた痛みがぶり返す。

「もう少し生えてきてからでないと抜歯はできないです。痛み止めを出して

おきますね。お大事にしてください」

しばらくの間そして再びこの痛みに耐えないといけないのかと大野はがくりと

肩を落とした。


大野は呆然とした表情で診察代を支払い次回の予約をしていると、さきほどの

男の子が泣きながら診察室から出てきた。後から来た母親が慰めている。

もしかして乳歯ではなく永久歯だったんだろうか?診察が終わった大野は出口に

向かいながら考えていた。

「まさかな...気晴らしに洗車にでも行くか」

人の心配よりまずは自分の身に起きている信じられない事態と痛みをなんとか

しないといけない焦りを抑えながら、大野は車のエンジンをかけた。



同日。

滋賀県某所に建つ集合住宅の一室。


「おおおっ!?」

入浴を終えドライヤーで髪を乾かそうとした男が声を上げる。

男の名は北見信一。隕石引き上げ時に現場周辺で規制線を引いていた警察官だ。

今年で四十八歳になる。

「先週買った発毛剤が効いてきたんじゃないの?」

洗面所に入ってきた妻の輝美が信一に声をかける。

信一は急激に進む前髪の後退に悩んでいた。ここ三年で更に後退が進み諦めていた

時だった。後退が始まった箇所から産毛がびっしりと生え始めたのだ。

「諦めず色々試してみるもんだな」信一はニヤリとする。

信一の顔を鏡越しに見た輝美は「そんなに変わってる?洗濯の邪魔だから

早くしてよ」

信一の背中をバシリと叩くと、信一はわざとよろけながらドライヤーの

スイッチを入れた。


髪を乾かしリビングへ移ると、息子の洋介がテレビを見ている。

「親父~。老眼ってどんな感じ?」

「なんだよいきなり...」

息子からの不意の質問に信一は少し考える。

「近くのものがぼやけて見えなくなっていくね。小さな文字は見たくなくなる」

信一はテーブルに置いてあった老眼鏡を手に取ると

「今はこれが無いと本や書類を読むのにも一苦労だよ」

洋介がテレビから視線を外し信一の方を振り向くと

「今テレビで老眼が治ったってやっててさ。親父はどうなのかなぁって思って」

そんな事あるのかと信一は洋介が座っているソファ越しにテレビをのぞき込む。

テレビはブルーベリージャムときな粉を混ぜると良いとか、思い切ってバンジー

ジャンプに挑戦後、気付いたら治っていた等の情報が流れている。

「老眼が治るなんてありえるのかなぁ?」

信一が疑う表情をしながらテレビを見ていると、輝美が洗面所から戻ってきた。

「なんか最近若返りというか変な情報が増えた気がするわね。美容院で読んだ

週刊誌に白髪が消えていったとか、折れた前歯がまた生えてきましたとか

書いてあって...。本当なのかしら」

「このところ不景気だから世間が明るい話題を欲しがってるんじゃないか?」

自信なさげに信一が言うと、洋介は再びテレビに戻り輝美は夕食の準備を始めた。

「まぁ若々しくいられるのは良い事じゃないか」信一は自分に言い聞かせる

ようにつぶやいた。


翌日。


署に出勤した信一は、家に老眼鏡を忘れたことに気付く。

信一は根が楽天的でおっちょこちょいだ。人にやさしく自分にもやさしく。

こんなんだから万年巡査長なのだろうと、いつもの言い訳を頭に浮かべながら

デスクに向かう。席に着くと、昨日提出した報告資料が差し戻されていた。

また戻ってきたのかとぼやきながら、度が弱くなりデスクの引き出しに入れた

ままの老眼鏡を思い出し、駄目元でかけてみる。

「あれ、こっちの方が良く見えるな」

家のジャムはブルーベリーではなくマーマレードだし、バンジージャンプはやった

ことがないなと昨日のテレビ内容を思い出しながら、信一は期限の迫った

報告資料の間違いを探し始めた。




未知の変化が徐々に、そして確実に人々の周りに現れ始めていた。

更に時が経ち、世間を揺るがす事態へと発展していく。


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