第1話 未知の隕石
これはそう遠くない未来での出来事。
十月某日早朝、滋賀県の琵琶湖に一塊の隕石が落下した。
近隣の住民から南湖東側の湖岸からおよそ百メートルほど離れた
湖面に、隕石らしき青白く光る飛翔体が落下したと警察へ通報が入る。
ほどなくすると、落下付近から大量の湖水が勢いよく噴き出し始めた。
この隕石と思われる物体がもたらす不可解な現象に、政府の主要機関が
動き出す。
調査と取り出しの為、現地では次第に関係者が集まりだした。
安全確保の為、湖水の噴き出しが良く見える場所を中心に警察の規制線が
引かれ始める。
そして昼を迎える頃には仮設テントの設営が完了していた。
「湖水の噴き出し、まだ収まってないんだな」
初老の男性がショートカットの若い女性に声をかける。
「はい...。こんな現象、初めて見ました。急いで来た甲斐がありましたね!」
甲高く、そして高揚した声が響く。
「隕石落下なら珍しいし更に水が噴き出したときたもんだから、俺たちが
調査で呼ばれるのも無理はないか」
噴き上げ続ける湖水を眺めながら、男は機材が入ったリュックサックを
背負い直した。
二人は政府経由で警察から呼ばれた、三重県にある鉱物研究所の研究員だ。
男の名は大野修平。女の名は吉田加奈子。ペアを組んで依頼品の鑑定や
組成調査などを行っている。
研究所では苗字の頭を取って”大吉コンビ”と呼ばれている。
「機動警察か自衛隊かが取り出してくれるまで待つしかないか」
大野がため息をつく。
「水深の浅い南湖だったのが救いですね」
吉田はなぞるように北湖に続く湖面を見つめる。
「定年まであと少しだというのに、調査途中で去ることになるかもな」
「大吉コンビ最後の大仕事になりそうですね!」
少しからかうように吉田が言うと、大野はわざと悔しい顔をした。
警察機動隊は当初、潜水による調査を経て取り出す予定だったが、
およそ幅五メートル、高さ十メートルはあろう勢いよく噴き上げ続ける湖水を
危険と判断、急遽ヘリコプターを使い上空から引き上げる計画へ変更した。
「はい、そこの男性の方、線の外側へ移動して下さい!」
規制線を延長する為、一人の警察官が声をあげている。
「北見さん、自衛隊のヘリコプター応援が決まりました。本部から更に
規制を広げるよう通達がありました」
若い警察官が北見に駆け寄り伝えると、北見は周囲を見渡す。
「野次馬が多いな。急がないとな」
北見は若い警察官の肩を軽くたたくと、持っていた規制線が切れないよう
注意しながら走り出す。
北見信一。滋賀県警の警察官で長身の中年男性だ。警察帽子をかぶっていて
わからないが、最近急激に後退してきた前髪を気にしている。
「ヘリコプターかぁ。頼むから帽子飛ばさないでくれよ...」
北見は規制線を引いている他の警察官に指示をだしながら、空を見上げた。
ほどなくすると、ヘリコプターが琵琶湖に到着した。
噴きあがる湖水の上で静止状態になると、現場をまとめているとおぼしき警察官が
大野と吉田に声をかける。
「鉱物研究所の大野さんですか。機動警察隊の梅田です。仮設指令テントへ
来ていただけますか。ヘリコプターからの対象とおぼしき物体の映像をご確認
いただきたく」
「承知しました。お願いします」
二人は梅田に案内されてテントに入ると、既にヘリコプターからの映像が
モニターに映し出されていた。
「こんな事ってあるんでしょうか。信じられない...」
吉田が思わず声を漏らす。
隕石と思われる物体が、湖水を勢いよく弾いているように見える。
そして弾かれた水が上へ逃げるしかない為、噴き上がっていたのだ。
「石鉄隕石に見えるが、こんなに青いのは見た事が無いな...」
下がった眼鏡を直しながら、大野は冷静に隕石の種類を観察している。
「大きさはわかりますか?」大野が梅田に質問する。
「約二メートルです。尚、ヘリコプターでの作業が可能と判断、クルーを
降ろし手作業で対象物を固定して引き上げます」
梅田の回答を聞いた大野は少し考えた後、
「ほぼ石鉄隕石の一種であると推定しました。ご説明いただいた作業で引き上げを
お願いします」
梅田は近くにいた警察官へ引き上げの詳細を伝え始めた。
「警察と自衛隊が連携するなんてすごい事になりましたね」
吉田が伺うように大野に話しかけると
「水を噴き上げる隕石なんて前代未聞だろ。超常現象としか言いようがない。
正直俺も驚いてるよ...」
わざと身震いする動きを見せる大野に、吉田は大げさに相槌をうつ。
「破損せずに引き上がるといいですね。早く間近で見たいなぁ」
吉田が祈るような仕草をすると、大野はテントから見えるヘリと噴水を指差した。
特殊装備のクルーが噴水に吸い込まれるようにヘリコプターから下降を
始めていた。
クルーが降りて五分ほど経つと、ヘリコプターが上昇を始めた。
上空へ上がるにつれ、勢いよく噴き上げていた湖水が徐々に収まっていく。
クルーと一緒に隕石が現れると、噴き上げは無くなっていた。
目で移動するヘリコプターを追いながら、大野が仮設指令テントから外に出る。
仮設指令テントから近い平地に、ゆっくりと隕石が降ろされていく。
クルーが慣れた手つきで隕石を固定していたワイヤーと自身の固定フックを
ロープから外すと、ヘリコプターはロープを垂らしたままあっという間に
琵琶湖から飛び去っていった。
「念の為、有害な放射線が無いか再測定します」
安易に近づかないよう、クルーが両手を挙げ周りに促した。
ほどなくして安全が確認されると、一斉に隕石の周りに関係者が群がる。
マスコミやテレビ局が焚くフラッシュが眩しい。
「映像ではわからなかったが薄いな...」大野が思わず声を上げる。
楕円形で厚みは三十センチほどに見える。
「メソシデライトに似てますが何か違うような。青いからでしょうか」
持参した磁石を隕石に当てようとした吉田が不思議な表情を浮かべる。
「反発してる...?」
大野が近寄り隕石に手をかざす。
「なんだこれは...」
二人は同極の磁石が反発した時に似た僅かな抵抗を感じていた。
「新発見の可能性が高いな。急ぎ所長への報告と研究所に解析移送できるか
依頼をかけよう」
関係者以外は隕石に触らないよう、声を荒げる警察官を横目で見ながら
大野は吉田へ指示を出した。
夕方になり、全国に”琵琶湖に隕石落下!新発見の可能性”のニュースが流れると、
世間は隕石の話題でもちきりになった。
隕石落下から四日後。
大野と吉田が所属する三重県の鉱物研究所に隕石が到着した。
研究所正門から所員総出で警察の特殊車両を出迎える。
ほどなくして車両後部の扉が開かれると、隕石と思われる大きさの木枠梱包が
見えた。
「研究所に届くまで思ったより時間がかかったな」
大野が苛立ちを抑える。
「ははは。新発見だなんだと話題だから、大方お偉いさん達の邪魔が入ったんじゃ
ないかな」
笑いながら男が大野の肩をポンポンと叩く。鉱物研究所所長の立花正だ。
大野とは同期で”大吉コンビ”の名付け親だ。
「ましてやこの大きさだからな...」大野がつぶやくと、すかさず
「新発見の希少隕石なら、電卓をたたきたくもなりますよね~」
近くにいた吉田が小声で言うと、大野は両手でバツの字を作った。
フォークリフトで木枠梱包が降ろされると、助手席側から降車した警察官が
所長の立花の元へ駆け寄る。
「機動警察隊の梅田です。隕石の解析期間中、警護するよう本部から通達が
ありました。二名の警察官を研究所に常駐させます」
隕石引き上げ時、大野と吉田を仮設指令テントへ案内した警察官だ。
立花は梅田から数枚の書類を受け取ると、内容を確認しながら
「新発見と仮定した解析と組成調査ですね。書面通り二日以内に終わらせます」
「宜しくお願いします」
梅田が敬礼すると、立花は木枠梱包の移動をフォークリフトの所員に伝える。
梅田が車に戻っていくのを見届けると
「では、引き続き大吉コンビで対応よろしく!」
立花は右手を左右に振りながら研究所玄関へと戻っていった。
「滅多にない新発見隕石、同期のよしみで気を利かせてくれたのかもな」
「やりましたね!いつもより丁寧に報告した甲斐がありました」
大野と吉田の大吉コンビは、フォークリフトが向かった研究所裏口へと
足を運んだ。
開梱を終えた隕石が研究室へ搬入されると、大野はビーカーに水を貯め始めた。
「これからゆっくり水をかけるから見ていてくれないか」
「わかりました」
大野は隕石に水をかけながら「何か気付かないか?」と吉田へ問いかける。
「隕石が濡れない...。水が浸透しないです」
「現地では言わなかったが、この隕石は磁石だけではなくあらゆる外力に反発する
特性を持っている」
「この反発が噴水を起こしたんですね」
「こんな特性を持つ隕石は見たことがない。更に...」
大野はそっと隕石に触れる。
「温かい...。石は無機質なのにまるで生き物のように感じるのは私だけだろうか」
しばしの沈黙の後、
「宇宙には我々の理解を超える未知の物質が存在するとしか考えられない」
「はい...」
吉田は返事に困った様子で大野を見つめる。
「反発と温度、そして色以外は石鉄隕石のメソシデライトそのものだ」
大野は近くの机にやさしくビーカーを置く。
「まぁ、これ以上考えても仕方ない。一旦、依頼の解析と組成調査を
進めようか~」
大野がくだけた口調で言うと
「そうですね。二日しかありませんし、急がないとですね!」
いつものおちゃらけた吉田に戻った事を確認すると、大野は少し安堵した表情を
浮かべた。
二日が経ち、隕石調査の報告資料確認の為、大野と吉田は所長室で待機していた。
「いやぁ~遅くなり申し訳ない」所長の立花が謝りながら部屋へ入って来る。
「隕石の件で何かあったのですか?」大野が怪訝な顔をする。
立花は時間に厳しい男で滅多に遅刻はしない。大野は少し嫌な予感がした。
「東京の科学博物館で展示する予定だったが、急遽滋賀県の博物館へ変更に
なってな」
「新発見の隕石展示で入館料を見込むなら、東京の...」
吉田が最後まで言おうとするのを大野が制止する。
「理由は聞いたが”政府からの通達です”の一点張りだった。では報告資料を見せて
もらえるかな」
立花は資料を受け取ると、目を通しながら話を続ける。
「もうひとつ、政府から通達があってな...。この隕石がもつ特性の公表を
禁じると」
「やはり把握されていましたか」大野が声を荒げる。
「反発と温度の特性は隠し、新発見の石鉄隕石として展示はするそうだ。一週間前
世間に隕石落下のニュースが流れたが、湖水の噴き出し報道はされなかった。
今政府は一部のマスコミや一般人からの情報の阻止に躍起になっているらしい」
「漏れてもいんちきオカルト情報にされちゃうんでしょうか...」
吉田が話に水を差す。
「とにかく我々の役目は終わった。隕石は再び警察車両に乗って滋賀に行く。
ああ、資料ありがとう。後の隕石に関わる処理は私の方で進めておく。以上だ」
立花は資料の角を揃えながら二人に退室を促した。
所長室から退室すると二人はそろって大きなため息をつく。
「何か隠している気がするな...。他に変わった特性、組成は確認できなかったが」
「どうして滋賀の博物館なんでしょうか。隕石が琵琶湖に帰りたがってる
のかなぁ」
吉田が冗談を言うと、大野は少し意表を突かれた表情になった。
隕石落下から一ヶ月が経った頃、滋賀県の博物館で隕石の展示が始まった。
ニュースで話題になった事もあり、琵琶湖に落ちた新発見の石鉄隕石として
”琵琶湖隕石”の名前で博物館は盛況となった。
しかしこの隕石の持つ特性を隠す為、来館者は隕石に触れることはできず厳重な
ケース越しからの鑑賞に限られた。
来館者の目を引くのは独特の青色と大きさのみ。数ヶ月もすると琵琶湖隕石の
話題は世間から徐々に忘れ去られていった...。
この時点で隕石落下を境に、人類に未知の変化が起き始める事を
まだ誰も知らない。




