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第14話 欠落の彼方

爆発事故後、世間の琵琶湖隕石と幼化症の喧騒が徐々に収束していく。


琵琶湖隕石は人智の及ばない『神の意志』が宿る存在とされ、

幼化症は隕石がもたらした新しい生き方であると肯定されていく。

数々の事件、事故を通し否定できる者は誰もいなかった。



更に時は流れていき、

最初の琵琶湖隕石落下から二十六年が経過した。



元鉱物研究員 大野修平は幼人ホームへ引っ越す荷造りをしている。

年齢八十六歳 残齢六となり、中学一年生くらいの少年にまで若返っている。

二年前、推定十五歳の幼化症経過診断結果の後、規定で鉱物研究所を幼年退職

した。

同じ研究所を再退職、つまり二度退職し再び元鉱物研究員となった。


「思うように準備が進まないなぁ」

修平は国が制定した推定十五歳の幼年退職が理にかなっている事を痛感する。

この二年で体がかなり縮んだ。


「あと六年か...」

老いながらいつ死ぬかわからない不安と死期を知り子どもに戻っていく不安の

どちらがいいのだろうか。

決められない選択の理由を探りながら荷造りを急ぐ。


妻が亡くなり家を持て余すようになった。一人で住むには広すぎる。

幼年退職を機に、新しい住まいを探していく中で幼人ホームの存在を知った。

噂では幼化症を発症した今は亡き大手経営者が先導を切り、私費を投じて建てて

いったらしい。現在は数百箇所規模にまで建設が進められている。

同じ発症者でもえらい違いだと修平は感謝した。


引越当日。荷物が次々と運び出されていく。

幼人ホームへ運ぶ荷物は二割ほどで、残りの八割は換金できるものは売却し

できないものは廃棄にした。特に衣類はサイズが合わなくなり殆ど捨てるしか

なかった。


「ああ、すっきりしたなぁ」

修平は荷物の搬出が終わり空になった部屋を眺める。

長い間妻と過ごした自宅...。既に買い手が付いており、翌月売却が完了する。

名残惜しいがあの世に家は持って行けない。死期がわかっているだけに潔く決断

する事ができた。


「では明日の搬入、宜しくお願いします」

引越業者に挨拶をすると予約したホテルへ一泊する為、近くのバス停へ向かう。

幼化症特例制度により、幼年退職と同時に自動車運転免許の返納が義務化された。

代わりに公共交通機関が無料となっている。


「車だとすぐ行けるのにな...。正直もう少し運転したかったな」

体が縮むとここまで不便になるとは思わなかった。実際に経験してみないと

わからないものだなと修平は短くなった歩幅を気にしながら歩いていった。



翌日。終の棲家となる幼人ホームに到着した。

「思ったより小さいな...」

部屋の間取りや家具など、すべての造りが小学校中学年くらいが使いやすい

寸法になっている。


「今は小さく感じてもあと三年もすれば丁度良い大きさになるからな」

部屋への搬入が終わった荷物を解きながら修平はつぶやいた。


”俺は此処で死ぬんだな...”

修平に解決できない不安と寂しさが覆いかぶさってくる。


「何を考えているんだ俺は」

幼化症発症者そして元鉱物研究員としてまだやれる事がある筈だ。



幼人ホームに入り各人(かくじん)が思い思いの幼化症末期を過ごしていく。



人は必ず死を迎える。幼化症は記憶を保ちながら死を迎えられない。

幼児化が進むと記憶の欠落が始まる。忘却を経て乳児になってゆく。


どのような波乱の人生を歩もうが平凡な人生を悔もうが幼化症の最期はその記憶

すら失ってしまうのだった。



そして修平が幼人ホームに来て四年が経とうとする頃...。

遂に記憶の欠落が始まってしまった。



記憶が欠けていく中、修平は走馬灯のように過去の出来事を辿っていく。


----------


「琵琶湖隕石は幼化症とは関係無い!」

所長室で鉱物研究所所長の立花が大声で怒鳴っている。


「幼化症は神が人間に与えた試練だ!何もかも物質的に捉えようとするな!!」

「どれだけ隕石を調べても何もわかりはしない!」

「何度でも言う!琵琶湖隕石は幼化症とは関係無い!!」

立花は怒りに任せて根拠の無い発言を繰り返している。


”何を言っているんだ...?所長とはいえ同期として聞き捨てならんぞ”

修平は怒鳴り散らす立花を制止しようとすると、立花の姿が霧の様にすっと

消えた。


”あれ?そもそもこんな出来事あったか...?”

所長室にひとり取り残され、修平は不思議な感覚に襲われる。


「もういいんじゃないかしら...。立花さんの言ってる事は本当なんだから」

後ろから誰かが修平の肩に触れてくる。振り向くと妻 優美の姿があった。

その姿は二人が初めて出会った頃のものだった。


「ごめん優美...。幼化症になってから自分と仕事ばかりで何もしてあげることが

できなかった...」

優美が亡くなった後、頭の中で何度も繰り返し伝えたかった言葉を口にする。

「修平さん...。試練だったんだから仕方ないよ。それに今...私たちは此処にいる」

優美が微笑んだ瞬間、部屋が青白く光り出した。


「本当にごめん...優美!」

修平は優美を抱きしめようと伸ばした自身の腕を見て驚く。その腕は年老いた

男の腕そのものだった。


「歳相応になっている?幼化症が治ったのか...!?」

だが自身とは逆に、目の前の優美は出会った頃の若さを取り戻している。

修平は自身の突然の変化に焦る。すると優美は

「何があっても修平さんは修平さんだから...。さぁ、家に帰りましょう」


”結局、人はいつまで経っても無い物ねだりなんだなぁ...”

ふたりは手を繋ぐと、青白い光の中に見える扉に向かって歩き出した。



----------


「大野さん?大野修平さん...!?」

異変を感じた担当の幼護士(ようごし)が修平に声を掛けている。


「あう...あう...」

そこには忘却で記憶を失い笑顔で部屋を這(は)う修平だった幼児がいた。



大野修平は己(おのれ)の人生を全うした。


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