最終話 真実
「ここまで長い付き合いになるとはなぁ...」
元滋賀県警 警察官の北見信一は、保管室に鎮座している琵琶湖隕石に話し掛ける。
最初の琵琶湖隕石落下から百年が経過していた。
幼化症発症者数は日本の人口のほぼ半数に達し、老いて亡くなる者と幼化症で亡く
なる者が等しくなっている。
老いる者は若さに憧れ、幼化症発症者は決められた死期に藻掻く。
日本人にとって幼化症は特別なものではなくなっていた。
逆に日本以外の国や地域で幼化症を発症した人間は一人もいない。
幼化症は人や国籍を選ばない。日本の地で生活を営む人々全てに発症の可能性が
ある。
幼化症は日本だけで発症する選ぶことのできないひとつの生き方となった。
北見信一 年齢:百四十五歳 残齢:不明は、老いと幼化どちらにも属さない稀有な
人間となっていた。
琵琶湖隕石の爆発事件後、信一の若返りが止まる。一時は初の幼化症治癒が期待
されたが、二十歳前後の外見を保ったまま老いていかない事実が判明すると
唯一無二の存在として人々から崇められるようになっていた。
"別に俺は神様でも何でもないんだけどなぁ..."
信一は警察官から栄転し、現在は琵琶湖隕石保管施設の総施設長を務めているが
地位や名誉も無いただの警察官からの成り上がりの認識は変わっていない。
何より外見が二十歳前後の若造だ。制服を脱いでしまえば若い未熟者にしか
見えない事はおちゃらけた性格の自分が一番よくわかっている。
そして不死になったわけでもない。命を危険に晒す無茶をすればあっけなく
死んでしまうだろう。
むしろ信一は任務を忠実に進めていく中で、たまたま自分に変わったお役目が
与えられただけ...。単に長く生かされ死ぬに死ねない臆病者ですらあるという
自覚があった。
そして自分の様な悲惨な者を増やさない為、琵琶湖隕石を守り抜いていく事こそ
が自分の生涯の任務であると考えている。
”しかし百年は長い...”
信一の心の中で思わず本音が漏れる。
百年という長い時の中で妻の輝美はおろか、息子の洋介すら自身で送り出す
立場となってしまった。愛する人の死は生きていくうえで最も辛い。
「俺はいつまで生かされるのだろうか...」
信一はふと爆発事故で吹き飛ばされ死を覚悟した瞬間を思い出す。
青白い光の中で立ち上がり、救助をしようとしている自分が見える。
次の瞬間、保管室の琵琶湖隕石が青白く光り始めた。
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気が付くと信一は琵琶湖全体を見下ろすかたちで宙に浮いていた。
”超常現象もここまでくると驚かなくなってくるな”
信一は現実ではなく夢の中にいるという確かな自覚があった。
『選ばれし者よ...』
何者かが信一の頭の中へ直接語り掛けてくる。
「俺は選んで欲しいなんて言ってないぞ!!」
百年もの間、誰にも理解してもらえない苦しみや悲しみが信一を叫ばせる。
『神に選ばれし者よ...』
「だから俺は...!」
更に大声で叫ぼうとした瞬間、何者かの様々な記憶が信一の頭に流れ込んできた。
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八百万の神。その多くが日本という神の国を愛し慈しんでいる。
日本は古来から形有るもの形無きものを等しく大切にしてきた。
しかしここ数百年で形有るものに偏重し形無きものを蔑ろにするようになった。
見た目だけの若さや美しさに翻弄され、老いや醜きものの本質に目を背けるように
なった。
その愚かさに気付かせる為、琵琶湖に宿る水を司る神が動き出す。
古来の形無き行いでは今の唯物に傾いた日本は本来の姿に戻らない。
水を司る神はあえて形有るものとして隕石を用い、形無きものとして若返りを
与えることで人として本当に大切なものに気付かせようとした。
全て神が与えた緻密な試練であり戯れであった。
隕石と若返りに因果関係は無い。唯物的にしか理解できない人間が隕石と若返りを
結び付けようとする愚かな行為そのものだった。
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頭に流れ込んできた記憶の真実を知った信一はひとつの疑問を抱く。
”俺は自分の人生に何も爪痕を残せていない...。何故俺が選ばれたのか...理解
できないんだ...”
再び何者かが語り掛けてくる。
唯物論で語れない、言葉にできない何かが凄まじい勢いで信一を包み込んでいく。
決して人間で計れる程度の価値観ではわからない真実がそこにはあった。
「そうか...そういうことだったのか...」
答えは自分の生き方や信念そのものにあった。何故自分が選ばれたのか...
信一は理解した。
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信一はふと我に返る。
「一瞬意識が飛んだような...疲れているのかな」
目の前に鎮座する琵琶湖隕石に変化はない。
「長い夢を見ていたような...覚えてないな...」
信一は水を司る神とのやりとりを覚えていなかった。
日本はこれからも水を司る神の石を守り若返りという未知の変化を抱え栄えて
いく。
それは神の国にしか乗り越える事ができない試練なのだから。
- 完 -




