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神の石 -Back to the Baby-  作者: 中山 英司


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第12話 別れ

時が流れていく。

最初の琵琶湖隕石落下から二十年、二度目の落下から十五年が経過すると

幼化症は発症者と乳児に戻り眠るように亡くなる者が急激に増え始めた。


発症者は三十万人、死亡者は九千人を超えた。

若返り速度が遅い発症者が子どもになる残齢に差し掛かり始め、楽観的に若さを

謳歌していた者も近付く死に怯え始めていた。


幼化症になり寿命が縮む者と延びる者がいる。

元鉱物研究員の大野修平は幼化症で寿命が延びる側になりつつあった。

琵琶湖隕石の引き上げに関わってから二十年。修平は八十歳 残齢十二になって

いた。外見は二十代前半の青年にまで若返っている。

老眼は無くなったが、生まれつき近視なので眼鏡は手放せていない。


修平は幼化症と診断された二年後、施行されたばかりの発症者特例制度を使って

三重の鉱物研究所に再入社した。

ペアを組んでいた吉田加奈子を始め、ベテランの復帰は所員に歓迎された。

隕石引き上げ時に二十五歳だった吉田は修平とペアを組み一緒に隕石を解析

したが、二十年経った今も幼化症は発症していない。

吉田は修平の定年退職後、小山という男性研究員とペアを組み活動していた為に

修平と再びペアを組む事はなかった。

修平は発症者の特権を生かし、ペアは組まず単独で琵琶湖隕石の解析に関わり

続けた。東京の幼化症対策チームとも連携し発症の原因解明にも協力した。

だが再入社から十三年経った今もこれといった成果は出せていない。


成果が出せず焦る中、修平の妻 優美が倒れてしまう。

病院の診断は膠原病だった。もうすぐ五年になる。

優美は修平の三歳年下で幼化症は発症していない。結婚してこれといった大きな

病気になっていなかっただけに、修平はひどく落ち込んだ。

ここ一年で優美は容体が悪化し、現在は入院している。加齢もあるのだろう。


修平が幼化症発症の原因解明に協力したのは、若返りにより妻の病気を治せる

かもしれないという希望が少なからずあった。

幼化症が世に知れ渡ってから、医学的な治験を始めとした様々な検証が行われて

いる。


発症者の血液で輸血した者や発症者から生まれた子ども

  男性が発症者の場合の子どもは..

   女性が発症者の場合は...

    男女共発症者の場合は....?


医学的に可能性のある試みは、どれも発症や究明に至らず失敗に終わっている。

人為的に幼化症の発症は制御できず、ただただ受け入れるしかない未知の奇病で

あり続けた。


そして...。とうとう病院から優美の容態が厳しいと修平に連絡が入る。


修平は仕事を放り出し、病院へと車を走らせる。

病室に入りベッドの優美と目が合うと、修平は優美に意識がある事に安心する。


「体調、良さそうじゃないか...」

修平は優美の右手を両手で包み込むように握りしめる。

傍から見るその姿は祖母に寄り添う孫息子にしか見えないが、二人は夫婦である。

幼化症が認知された今、珍しくない光景になりつつあった。


「仕事中でしょ...?..迷惑かけて..ごめんね...」

優美の声はとても弱々しい。

修平は握りしめた優美の手を自分の額に当て祈り続ける。

「優美と一緒に琵琶湖に行った事を思い出したよ」

「私も..幼化症に...なれば..元気に...なれ..るのかな...?」

「そうだ、そうだよ。これから発症して元気になっていくんだ」

修平は声をかけ続ける。

幼化症に病気を治す力は無い。散々研究に協力した修平自身が一番よくわかって

いる。

たとえ嘘であっても優美を励ましたかった。


「不思議だね...。出会った頃の修平さんが..迎え..嬉しい...」

優美は徐々に目を閉じていく。

「何を言ってるんだ、、俺はここにいるし幼化症だから..!」

修平は優美の手から徐々に力が抜けていくのを感じ取ると、生体情報モニタの

警告音が響き渡る。


「優美?優美...!?」


優美が再び目を開ける事は無かった。


”ちくしょう..歳の順番でいけば俺が先の筈なのに...”

修平は涙を流しながら、優美の手を握りしめたまま自身の置かれた状況を恨んだ。

幼化症になった時、これからどのように生きていけばいいのか途方に暮れた。

答えの無い試行錯誤を繰り返しながらも二人で生きてきた時間は、あっという間に

過ぎ去ってしまっていた。



淡々と、そして足早に葬儀が進んでいく。

必要な届が出せているか?不足なく送り出す為の準備はできているか...?

棺の中に入れる六文銭の入れ忘れに気が付いた修平は、いつになく感情的になり

葬儀屋にあたってしまった。

本物の金属の銭ではない、火葬で跡形もなく燃えてしまう飾りの六文銭である事は

重々わかっている。

それでも愛した妻があの世へ行くのに困らないよう万全を期す気持ちからだった。


通夜が終わり告別式になると、気持ちの整理がつかないままあっという間に時が

過ぎていく。

修平と優美には子どもはおらず、互いの親戚だけで終わらせる予定だったが、

鉱物研究所の所員が数名来てくれた。吉田の姿もあり修平は嬉しかった。


告別式が終わり喪主の修平は霊柩車に乗り込む。帰りの自分の車、位牌と遺影は

親戚に任せた。


火葬場に着くと、既に棺が火葬炉の前に安置されている。


「喪主の大野様ですね。火葬炉に入れる前のさいごのお別れはされますか」

修平は自制できない悲しみを堪えながら、やすらかな顔の優美を確認する。


納めの式が終わると棺が火葬炉へ入ってゆく。

「このボタンを押すと火葬が始まります」

修平は少し躊躇った後、ボタンを押した。



気が付くと修平は待機室の椅子に座っていた。ボタンを押してから待機室に行く

までの記憶が無い。

机には葬儀屋が準備した昼食が置かれている。

火葬が終わるまで二時間ほどかかる。昼はとうに過ぎていたが腹の減りすら

忘れるほど慌ただしかった。


修平は上の空で昼食の御膳を食べ始める。心なしか塩気が強い。

待機室には点けっぱなしのテレビがある。

くだらない芸能ニュースや当たらない天気予報が流れているが頭に入ってこない。

修平は優美の事でいっぱいだった。


”俺が普通に老いていたら優美に何ができていたんだろう...?”

気が付けば仕事はおろか生活すら幼化症に翻弄されてしまっているではないか。

同じ問いが頭の中で繰り返されていく...。


すると突然、修平の目にテレビの緊急速報が割り込んできた。



『-- 三重県の琵琶湖隕石保管施設で爆発事故が発生 複数名が負傷 --』...



修平はテレビを見つめたまま、箸を落とした。


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