第11話 隕石巡礼
盗難事件後の琵琶湖隕石は政府監視の下、管理施設非公表で厳重に保管されて
いる。
事件から十年が経ち、幼化症に関係していると思われる琵琶湖隕石の評価は
世界規模になっていた。
北見信一は琵琶湖隕石の関連施設で働いていると妻の輝美に伝えた。
正確には琵琶湖隕石の保管施設のひとつを警備していた。
保管場所を固定すると、特定された時の対策が限られてくる。政府は複数の保管
施設を作り、不定期で琵琶湖隕石を移動させていた。
施設の総数と場所は関係者の信一ですら知らされないほどの重要機密事項だった。
そんな信一でも、働いている三重県伊賀市の保管施設に隕石が来ている事がわかる
任務がある。
富や権力、そして名声を得た者の不老不死への憧れは驚くほど大きい。
若返りを叶える可能性がある琵琶湖隕石もまた、世界中にいる権力者の憧れの的と
なっていた。
世界的企業の社長や外国の首相をはじめとする権力者が琵琶湖隕石に近付こうと
する。
ある者は莫大な金を払い、ある者は絶大な権力を使って隕石に触れる。
実際は琵琶湖隕石が持つ特性で触れる事すらできない。ただただ特性に驚き、感嘆
するのみである。
琵琶湖隕石に近付こうとする者が訪れるスケジュールが施設内で共有された時、
信一達は隕石が来る事を知るのだった。
「巡礼が明後日の十三時からあります」
”巡礼”はもちろん隠語である。警備員の間で訪問スケジュールが共有される。
「ああ、これで三日後の帰宅が確定したなぁ...」
隕石は訪問前日に到着する事が多い。その警護は厳重で移動には慎重を要する。
信一は溜息をついた。
保管施設は望まない幼化症発症を防ぐ為、警備や管理の全てを発症者に限定して
運営している。
訪問者は承知の上で契約書を書き、金を払いお忍びでやってくるのだ。
「寿命が縮まるかもしれないのに...。俺にはさっぱり理解できないがねぇ」
信一は六十歳で残齢十六と診断されている。正確に残齢を刻めば七十六歳で乳児と
なり、眠るように息を引き取ることになる。
幼化症の若返り速度には個人差がある。早い者は一年で十数歳若返るという。
信一は自身の若返りが平均より遅いことに安堵したくらいだ。
それでも幼化症にさえならなければ七十六歳よりも長く生きられたかもしれない。
一日でも長く家族と過ごしたい信一にとって、権力者の取る行動は理解できない
ものだった。
「噂だと国外の発症者は確認できてないらしいですね」
信一の近くにいた警備員が口を開く。
「そうらしいな...。そうであっても若さに縋りたいんだろうなぁ、権力者って
のは」
確かに国外での幼化症の発症は一人も確認されていない。
日本国内では人を選ばず発症しているのにも関わらず...だ。不思議である。
「明後日の巡礼って事は今置いてある隕石はダミーか...。ご苦労なこった」
施設内においても隕石が保管される場所が複数箇所用意されている。
信一が警備する施設では三箇所あった。
保管場所が全て空の時があれば、隕石が一塊から二塊の置かれている時もある。
今は一塊の隕石が置かれているが巡礼は明後日。ダミー..つまり偽物である
ことがわかる。
「よっぽど盗られたくないんだなぁ」
訪問自体は悪い事ではない。隕石に近付く為に権力者が払う金は莫大であり、
その金は全て幼化症対策に使われているからだ。
「北見さん、そろそろ巡回の時間です。行きましょう」
信一は他の警備員と一緒に集合場所へと向かった。
訪問前日の正午。警察の特殊車両が到着した。
車両の後部ドアが開けられ、厳重に木枠梱包された荷物が二つ取り出される。
ひとつはダミーもしくは空であり、もうひとつが本物の琵琶湖隕石なのだろう。
フォークリフトで慎重に運ばれていく。受け入れ先はそれぞれ違っていた。
訪問当日を迎え、信一は第二保管室の室内警備を任された。
訪問まであと一時間ほどある。第二保管室に隕石は置かれているのだろうか。
本物の琵琶湖隕石である事を訪問者が確認できるようにする為、隕石を防護する
ケースは自動で開閉できるようになっている。
信一は防護ケースの動作確認を行う。
ブシュゥゥ...
起動ボタンを押し高圧エアーが入ると、シリンダーが動きゆっくりとケースが
開きだした。
信一が作動中のケースに触ろうとするとけたたましいブザー音が鳴り、開こうと
するケースが途中でエラー停止した。
「よし、センサーは問題無いな」
ケースの隙間からは琵琶湖隕石が見える。本物かダミーかはわからない。
訪問者が来れば本物の隕石。来なければダミー隕石で他の保管室に本物があると
いう事になる。
信一は慣れた手つきでエラーを解除するとケースを閉じた。
「さぁ、今回は当たりか外れかどちらかなぁ?」
信一は過去の訪問者を思い出しながら待機する。
琵琶湖隕石を目の前にした訪問者の行動は様々だ。
隕石に抱き付く者
ひたすら祈り続ける者
国歌を斉唱したり儀式と思われる踊りを行う者
ただ隕石を見つめ続ける者...
滞在時間もまちまちであり、最短は五分で終わり最長で半日かけた者がいた。
発症するまで何回も訪問する者もいる。
どのような訪問者であれ信一には滑稽にしか見えなかった。
訪問時間になると、施設全体が緊張に包まれ独特の空気が流れる。
時に独裁国家の大統領がお忍びで訪問する事もある。信一はこの空気が嫌い
だった。
ブーン、ブーン、ブーン
信一の待機する第二保管室の自動扉がゆっくりと上がっていく。
複数人のセキュリティポリスと共に現れた訪問者を見た信一は思わず声を上げそう
になる。
訪問者は日本と敵対する国の国家元首だった。老齢だが精悍なその姿は、テレビ
報道や新聞の写真とは違って見えた。
”ありえない...日本にいるなんてありえない!若さを手に入れる為に...権力者は
ここまでできるものなのか!?”
信一の額に嫌な汗が流れてくる。
施設長が案内し琵琶湖隕石の防護ケースが開けられると、訪問者は感嘆の声を
上げる。隕石に手をかざし本物だけが持つ特性を確認した途端、跪き祈りだした。
祈り続ける姿は滑稽には見えなかった。
琵琶湖隕石の持つ力がどれほどのものなのか。それは信一の想像をはるかに超え
大きくなっていたのだった。
およそ十分の時間が経ち祈りを終えると、訪問者は満足した表情を浮かべ退室
していった。
「大当たりだったわ...」信一はひどく緊張し、体感で一時間ほどの長さに感じた。
自動扉が下がりきると、室内にいる全員が大きな溜息をつく。
守秘義務で施設情報は外部に漏らしてはいけないが、今回の訪問者は最重要かつ
特例に値するものだった。口が裂けても言えないどころか周りに言っても
信じてもらえないだろう。場に居合わせた者全てが同じ事を考えるのだった。
”富や権力を得た者はここまで若返りに執着するものなのか”
幼化症は寿命を縮める可能性がある。長く生きる事よりも老いや衰えからくる
権力者しか持ちえない恐怖や焦りがあるのだろうか。
自分は幼化症だが富や名声は無い。国をそして民を守る事だけが誇りの警察官で
しかない。
「金や権力を使ってまで掴み取りたいものって一体何だろうか...」
信一は閉じていく隕石の防護ケースを見つめ続けていた。
”我々は何を守らねばならないのか”
幼化症の脅威が時間と共に大きくなっていく...。




