第10話 疑惑
「まさかあの人、浮気してるんじゃないかしら?」
北見信一の妻、輝美は日に日に疑いの気持ちを強めていく。
北見信一は琵琶湖隕石最初の落下で規制線を引いていた、前髪の後退に悩んでいた
警察官だ。
発毛剤で生えてきた毛髪と老眼の変化は、三年後に幼化症発症によるものだったと
身体検査で知った。当時五十一歳 残年齢二十五の診断結果だった。
「ほんとかよ...。こいつぁまずいなぁ」
だが信一は幼化症である事を包み隠さず周りや家族に伝える。
最初の隕石落下から六年が経っていた事や、国や政府の法律や規則が整い始めた
頃ですんなりと受け入れてもらえたのが救いだった。
そして更に九年が経ち、信一は六十歳 残齢十六になっていた。
外見は三十代前半にまで若返っており、既に前髪の後退は無く老眼鏡も不要に
なった。
信一は六十歳を迎え、署内の配置転換により業務が変更になった事を輝美に
伝える。
新しい業務は特殊で家に三日から五日戻れない事があるという。
日が経つにつれ仕事で数日帰宅しなくなった信一を輝美は不審に思い始める。
”警察官で数日帰らない仕事なんてあるのかしら?”
輝美は信一と同い年で幼化症ではない。
自分は老い、旦那は若返り惚れた頃に戻っていく。疑いは必然だった。
だが輝美は、信一が楽天的でおっちょこちょいの中にある真面目で嘘をつかない
男である事を知っている。そんな信一を好きになり、結婚したのだから。
「よし、この目で確かめてやろう」
輝美は出勤する信一の尾行を決心する。
「洋介、車出して」
息子の洋介に協力してもらい、信一が運転する車を追いかけていく。
信一の車は警察署には行かず駅の近くにある月極駐車場に駐車した。信一は車を
降りると、駅に向かった。
「ありがとう。ここまででいいわ」
輝美は洋介の車を降り、信一に見つからないようマスクと帽子をかぶり駅へ
向かう。
「三重に行くのかな...?県外に出て何をするんだろう?」
信一は滋賀県警である。輝美は不思議に思いながら同じ電車に乗る。
一時間ほど電車に揺られる。通勤する距離、時間にしては長いと思いながら輝美は
時々信一の姿をちらりと確認する。信一は車窓からの景色を見たまま真剣な表情を
変えなかった。
三重県伊賀市の駅に到着すると信一は電車を降りる。輝美もあわてて降りた。
信一は駅の改札出口のすぐ傍に付けていたマイクロバスに乗り込むと、運転手と
なにやらやり取りをしている。すぐにでも発車しそうな雰囲気だ。
輝美は近くで客待ちをしていたタクシーに飛び込むように乗ると
「あのマイクロバスを追ってください」
タクシー運転手に伝えた。
マイクロバスが動き出す。マイクロバスは信一と運転手を含め四人乗っていた。
全員男性で女性は乗っていない。車の大きさのわりに人数が少ない気がする。
発車した途端、一斉に窓にカーテンが掛けられマイクロバスの車内が見えなくなった。
「怪しいなぁ...」輝美は後を追いながら不信感を募らせていく。
どんどん山奥へ入っていく。山奥なのにアスファルトでしっかりと舗装された
片側一車線の道路が続く。最近作られた新しさを感じる。
十分程経っただろうか。突然タクシーが停止した。
「お客さん、ここから先には進めないよ」
運転手がフロントガラス越しに指差した先には警告看板があった。
「え...?」
警告看板には進入禁止と政府管轄施設である事が大きな文字で表示されている。
看板の先に高い壁が見える。それはまるで刑務所のような雰囲気で有刺鉄線も
確認できる。
「あの建物に入っていく車は初めて見たな...。お客さん、看板の下の方をよく
見てみるといいよ」
輝美は看板下の小さな文字を確認すると声を上げた。
「幼化症発症者以外の立入を禁ずる?」
「このあたりでは知ってる人は知ってるかな。何やら幼化症に関係のある施設だか
研究所だとの噂だよ」
運転手は駅へ戻る方向へ車を切り返し始めた。
「ありがとう。駅に戻ってください」
”戻ってきたら聞いてみよう” 輝美は浮気を疑い尾行した事を少し後悔した。
「ただいまぁ~」
尾行してから三日後、信一は何事も無かったかのように帰宅した。
「おかえりなさい」
輝美は玄関で信一を迎える。
「早速で悪いけど伝えておきたい事があるんだ。洋介はいないし丁度いいな」
信一は真剣な表情で輝美を見つめると
「俺を尾行してたでしょ?」
「ええ...」
輝美は言葉に詰まる。
「こう見えても警察官だからね~」信一は少し笑いながら言うと
「お偉いさんに一部だけど守秘義務の開示許可をもらえたし素直に話すよ」
真剣な表情に戻り少し間を置いた後、輝美に事実を伝える。
「琵琶湖隕石の関連施設なんだ」
輝美は警告表示を思い出しながら納得していた。
「そう...そうだったのね」
「そういう事。俺は適任者ってわけ」
くだけた表情で信一が続ける。
「警備ができる発症者不足で仕方ない部分もあってね。迷惑かけるね」
「疑ってごめんなさい」
輝美が素直に謝ると
「駅に停まってるタクシーは全て警察関係者だから気にしなくていいよ」
信一はいつものおちゃらけた口調で笑う。
「お見通しってわけね。慣れない事はするもんじゃないわね」
輝美は少しほっとした。
「これは二人だけの秘密ね。じゃぁ~、今日は先にお風呂にするかな」
信一は脱衣所へ向かった。
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琵琶湖隕石が世界の注目を集めていく。
注目は大きくそして歪んでいく。
幼化症への歪んだ羨望が大きく弾けようとしていた。




