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神の石 -Back to the Baby-  作者: 中山 英司


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第9話 幼化模様

この世は常に変化している。その変化は一定ではなく波がある。

幼化症は大きな波となって人々に変化を与え続けていく。


だが時は、波の大きさに関係なく一日一時間、一分一秒を狂いなく正確に刻んで

いく。まるで何事も無かったかのように、淡々と時が流れていく...。


最初の琵琶湖隕石落下から十五年、二度目の落下から十年が経過した。


幼化症発症者数は累計で六万人を超え、最初の政府発表の九十二人からは大幅に

増加したものの、日本の人口全体で見ると発症率の低い未知の奇病である認識に

変わりはなかった。



--------------------


「やった!あの頃に戻れるんや!!」


病院の玄関で人目を(はばか)らず大声を上げ喜ぶ男がいる。

野本貞広は幼化症を発症した。年齢は五十七歳で残齢が四十二の診断結果だった。


幼化症は人を選ばない。

この男の歩んできた人生はとても褒められるものではなかった。



野本は幼少期からとにかくモテた。

”美少年”と周りが囃し立て、自分から動かなくても気になった女子から声を

かけられ告白される。

勉学も優秀だった。人並外れた記憶力があり、特に努力をしなくても学年トップの

成績を残せた。


難なく一流大学を卒業し就職すると、容姿端麗な外見と内から滲み出る知性で

周りの女性が放っておかない。

”社内の未婚女性は全員、野本が手を付けている”

そんな噂が飛び交う程の人気だった。


”自分を中心に世界は回っている” 野本はいつしかそう考えるようになっていく。

そして社内一の美人と言われていた女性を射止めて結婚した。


結婚後も野本に言い寄る女性は後を絶たない。

最初は既婚を理由に断っていたものの、次第に単調になっていく家庭生活に飽きて

くると、刺激を求めて離婚することを餌にして寄って来る女性に手を付けていく。


「もうすぐ離婚するから」

「君は本当に最高だよ」

「お前だけだから」


甘い言葉で複数の女性に手を付け続け、気が付けば日替わりで相手が変わる

程の人数になっていた。

しかし増える人数などお構いなしに、持ち前の知性で対処していく。

野本が思う通りの人生が歩めていた。


いつまでも続くと思われた刺激は三十代後半を迎える頃、突然終わりを告げる。


四月。新卒で入社した一人の新人女性に野本は心を奪われた。

”何とかしたい” 野本は欲に溢れた獣になる。


新人歓迎会の後、最寄りの駅まで送る理由で意中の新人女性を自分の車に

乗せる。勿論二人きりだ。

「少しだけ寄り道させてくれないかな」

野本の運転する高級外車は駅には向かわない。徒歩の厳しい人のいない場所へ

移動した後、野本は車の中で自分の欲望を成就させる。


「もうすぐ妻とは別れるんだ...。この事は二人だけの秘密にしてほしい」


翌日。野本が出社すると社内は騒然となっていた。

帰宅した新人女性が両親へ職場の既婚男性から抵抗できない辱めを受けたと

泣きながら話した事で、両親が憤慨し会社へ一部始終を伝えたからだった。


「同意を得たと思っていました」

野本は信じられない言葉を口にする。それはとても既婚者とは思えない

発言だった。


事を大きくしたくない新人女性の意向を尊重し、刑事告訴はされなかったものの

入社直後かつ彼女自身やりたかった仕事だった事もあり、新人女性は退職せず

会社に残った。不景気で転職が厳しい時代背景も後押しとなった。


野本の信用は地に堕ちた。

会社から免任と減給の処分を受け、妻に自分の犯した過ちを知られた。

後ろ指をさされる職場。冷え切った夫婦関係。

思い通りにならない人生が始まった野本は次第に自暴自棄になっていく...。


自業自得の過ちは歪んだ形で野本の外見に現れ始めた。

暴飲暴食で太っていき、不摂生により肌が荒れ毛髪は薄くなっていく。

その姿は禿げた中年太りの男性そのものであり、容姿端麗な姿は過去のものと

なっていった。


五十歳を過ぎると遂に妻から愛想を尽かされ離婚となった。

守る家庭すら無くなり、居づらかった会社を勢いで早期退職した野本は

日雇いの警備員として働いていた。



「まずは祝いの酒や!」

野本は行きつけのスナックへと足を運ぶ。

「ママ、今日はいつもよりいい酒を頼むよ」

「はいはい、何か良い事でもあったのかしら?」

ママが(いぶか)しげな顔をしながら酒を注ぐ。

今の見た目では誰からも相手にされない事は野本もわかっている。だがあと五年も

すれば女の方から俺に言い寄ってくるのは間違いない。

独り身となり後ろめたい事はもう何も無い!思い通りになる人生が戻ってくる!!

俺は幼化症で選ばれた人間になったんだ!!!


普段よりはるかに多い酒を飲んだ野本は、意気揚々とスナックを出る。

外は小雨が降っていた。

「やっぱり俺は勝ち組だったんや!」

いつもは膝にくる階段も、これから徐々に辛くなくなっていくんだと笑いながら

素早く降りようとした、その時だった。

見降ろしていた筈の階段がいつのまにか見上げるかたちに変わっている。


ドンドンドンドン、ドシャーン...


野本は(つまず)き転がり落ちた後、後頭部を地面に打ち付けた。

「ぐうぅ...」

うめき声をあげながら、野本は気を失った。



目を覚ますとそこは病院のベッドの上だった。

頭が痛い。右手で頭をさすろうとするが動かすことができない。

「あれ...?」

動かせないどころか感覚が無い。右手、右腕、右足、右脚の感覚が無い。

野本は転落で頭を強く打ち、右半身不随になっていた。


幼化症は若返っていくが、乳児になる事を保証されたわけではない。

病気になれば倒れ、事故に遭えば時に命を落とす事に変わりは無かった。


野本は若返っていく。だが半身不随は一生治らない病として背負っていく事に

なってしまった。

医者からの説明を聞き、野本はガクリとうなだれる。


「もうあの頃には戻れないのか...」


涙で病院の天井がぼやけていく。野本は初めて自分の生き様を後悔していた。



--------------------


「森下さん、今月のあなたの仕事はありません」

「え...。週一のレギュラー通販番組があるでしょう?」

「あの件で昨日出演キャンセルの連絡がありました」


マネージャーから空っぽのスケジュールを受け取ると、

森下ミクは所属芸能事務所のミーティングルームで浅いため息をつく。

森下は俳優として活動している。森下ミクは芸名であり、本名は木下美玖(みく)だ。

二ヶ月前に幼化症が判明した。年齢は五十三歳。残齢三十一と診断された。


「あの件さえなければ...」

『週刊スクープ!』の血気盛んな記者の顔を思い出し、思わず言葉が漏れる。

「では...。来月のスケジュールが決まったら連絡ください」

打ち合わせを終え、森下は事務所を出る。

芸能人なので外を歩く時はマスクとサングラスで顔を隠す。

売れていた時は事務所出口に車が付けていたが、今の森下には付かない。


徒歩で近くのバス停へ向かいながら、森下は自分の過去を振り返っていく。


高校二年生の時、母親と一緒に出かけた原宿で芸能事務所からスカウトされた。

学業を疎かにしない事を条件に芸能界デビューをすると、瞬く間に世間から注目を

集める存在になった。

高校生とは思えない大人ボディで世の男性を魅了し、出す写真集は毎回完売御礼。

歌手デビューやドラマ出演も果たしたが、森下は音痴で大根役者だった。

”天は二物を与えず”とはよく言ったものだ。森下はモデルに特化する事で

芸能界で生き残っていく覚悟を決める。


二十代になっても勢いは衰えない。大学を卒業し仕事に専念できるようになると

グラビアクィーンの称号を獲得しバラエティ番組にも力を入れるようになる。

持ち前の明るさが功を奏し常にスケジュールは埋まっていた。


しかし三十代中盤になると陰りが見えてくる。

弾けるような二十代の若さは徐々に失われ、世代相応の外見になっていく。

だが己の美貌で生きていくと決めた森下は諦めなかった。

セルフプロデュースの化粧品や衣装を発売することで女性人気をも獲得していく。


四十代にはいるとアンチエイジングを武器に、四十代に見えない若さを保つ事で

世間からの注目を浴び続けた。

五十代そして六十代になってもアンチエイジングに更に磨きをかけ芸能界で

生き残り続けていく...筈だった。


無理が(たた)りテレビ番組の収録中に過労で倒れてしまった森下は、病院の精密検査で

幼化症の発症を知る。


”若さを売りにしている芸能人が幼化症だった” 森下は世間に絶対に知られ

たくない秘密を抱えることになってしまう。

しかし病院で幼化症の発症を知った三日後、所属している芸能事務所に週刊誌の

記者が訪ねてきた。漏れるはずのない森下の幼化症を記者は知っていた。

丁度森下もその場に居合わせており、根拠の無い情報だと幼化症を否定する。

だが記者は構わず森下を問い詰める。業を煮やした事務所が記者を追い出した。


翌週 ”森下ミク 幼化症発症” の見出しで週刊誌『週刊スクープ!』が発売

されてしまう。

誌面には精密検査の結果を含む幼化症に関する情報が載せられていた。

名誉棄損と個人情報の侵害で『週刊スクープ!』を訴えたものの、森下が

幼化症である事実に変わりはなかった。


”幼化症なら年不相応に若く見えて当たり前”

”偽りの若さ”

”若さしか売りのないおばさんの末路”


若さを武器にできなくなった森下は、あっという間に光り輝く芸能界から干されて

いった。


「私には何があるんだろう?若さや美しさって一体何なんだろう...?」

バス停に着いた森下はつぶやいていた。



数ヶ月後。


若手タレントに混じり演劇練習やボイストレーニングに励む中年女性がいた。

森下ミクだ。


化粧をしていない為、傍からはくすんだ肌が目立つおばさんにしか見えない。

だが真剣に練習やトレーニングに励む姿には別の美しさがあった。


森下は諦めていた歌手とドラマ出演で芸能界に返り咲く目標を立てた。

「外見や若さに頼らない自分を目指す」

かつての美貌そして若さを取り戻した時、今までとは違う自分で輝いていたい...。


”いくつになっても人は変われる”

森下の目には新たな希望が(あふ)れていた。



--------------------


「勝手なものだな...」


大手小型スーパーマーケット社長の斎藤幹雄は自身への周りの態度に嫌気が

差していた。


最初は親から継いだ小さな青果店から始まった。

客の要望から少しずつ取り扱う商品を増やしていき、小さなスーパーマーケット

レベルの規模に達した時点で手応えを感じる。

「これからは高齢と過疎が進む。”店は小さいけど欲しい物が必ずある”を

目指していこう」

斎藤はコンビニエンスストア以上スーパーマーケット以下のチェーン展開に勝負

を賭けた。

取り扱う品種は多く、そして安い商品に品数を絞り込む事で売場面積を

最小限にする。

地域によって必要とされる商品の違いを自らの足で調査しながら、斎藤は

売場重視の経営を進めていく。


四十代で始めたチェーン展開は、五十歳を迎えやっと十店舗になった。

”自分の力だけでは限界がある”

斎藤は店の売場知識を全店舗の店長へ惜しみなく伝授すると、チェーン展開の

為の人材発掘と育成に専念する。


”私の目指す店づくりに共感してくれる人材を自らの手で探し出す”

斎藤は売場重視を忘れない経営で徐々に店舗を増やしていく。


六十歳になると二百店舗になり、近畿から東海地方をほぼ網羅する規模に

なっていく。

七十歳で六百店舗を達成し、遂に本州全体に展開する小型スーパーマーケット

という新しいビジネスモデルを確立させた。


しかし店の繁栄とは裏腹に斎藤は焦り始める。

”人材発掘と育成の要を理解し継いでくれる適任者がいない”

このままだと更なるチェーン展開を進める為に死ぬまで己の眼で探し続け

なければならない。


老いには逆らえない。年齢を重ねる度にチェーン展開の速度が落ちていく。

周りからは次第に”衰え”や”老害”などという噂を聞くようになる。

斎藤は周りからの噂よりも自身の衰えで売場重視の経営が疎かになる事が

怖かった。


”いつまで経営に携われるのか”

二年前、七十歳の節目に健康状態を詳しく確認する為に受けた精密検査で

幼化症の発症を知った斎藤は愕然とする。

「残齢が七?あと七年しか生きられないのか...!?」

一年あたりおよそ十歳の速さで若返っていく。残された時間が少ない事を知った。


あれから二年が経ち、斎藤は七十二歳 残齢五になった。

外見は五十歳前後の痩せた中年男性にしか見えない。たった二年で七十代の老人が

五十代の中年にまで若返っている。

”衰え”や”老害”の噂が無くなった事に、斎藤は嫌気が差したのだ。


幼化症が進み、今の自分に老いや衰えは無くなった。しかし若返ってしまった事で

長年培ってきた売場重視の経営力を甘く見られているような気がしてくる。


”老いとは何だろう。若さとは何だろう...?”

若さは強く美しい。だが斎藤は、老いで弱く醜くなっても積み重ねた知識や経験を

重視したかった。


”もういい...。自分に残された時間はあと少ししかない...!”


やがて斎藤は取り戻していく若さと残された時間が少ない自分に何ができるかを

考えるようになっていく。

「自分や他の幼化症発症者が希望を持てる環境を作っていこう」

一番信頼できる店長に社長の座を譲り人材発掘と育成の要を伝えると、斎藤は潔く

経営から退いた。


国や政府は幼化症の様々な法律や規則は作るものの、子どもにまで戻っていく

までの環境が整っていなかった。


”体が小さくなっても運転に困らない自動車を作ってみよう”

”小さい体になっても自律した生活ができる家を建ててみよう”

”いや、それなら老人ホームならぬ『幼人ホーム』を始めた方が良いかもしれない”


今までは客や周りの人に満足してもらう為に自分を犠牲にしてきた。

これからは残り少ない時間で自分自身が満足できる生き方をしていきたい...。


幼化症になり、斎藤は人生の舵を大きく変えていく。その行先は光り輝いていた。



--------------------


時が刻々と流れていく。

幼化症が人々を翻弄していく。

時は止まらない。

未知の変化も止まらず大きくなっていく...。


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