4-21 選べない正解
第四章
七賢者編
第二十一話
吹雪が止んだ。
静寂だけが雪原を包む。
監察者は剣を下ろさない。しかし、その瞳は初めて迷っていた。目の前には無数の未来が映っている。
斬る未来。
避ける未来。
受け流す未来。
どれも最善に見える。
だから選べない。
「……何をした。」
監察者が静かに問う。
アイリスは長剣を肩に担ぎ、小さく笑った。
「何も。」
「あなたが勝手に迷ってるだけ。」
その言葉と同時に、再び姿が消える。
右。
違う。
左。
違う。
上空。
違う。
監察者は未来を読み続ける。
だが、その未来は増え続ける。
「不可能だ。」
初めて焦りが滲む。
「人間は一つしか行動できない。」
「そうね。」
アイリスの声だけが吹雪へ響く。
「でも。」
「考えることは何通りでもできる。」
轟音。
監察者は反射的に後ろへ飛ぶ。
そこには誰もいない。
次の瞬間。
横腹へ衝撃が走る。
短剣。
アイリスはすでに背後へ回っていた。
「くっ……。」
監察者は距離を取る。
血が雪へ落ちる。
その血を見ながら、アイリスは静かに言った。
「あなたは未来を見てる。」
「私は。」
剣を握る。
「人の心を見てる。」
長い沈黙。
監察者は目を閉じた。
未来は常に一つへ収束する。
そう信じてきた。
だが。
目の前の女は違う。
恐怖。
期待。
迷い。
駆け引き。
感情が変わるたび、未来も変わっていく。
「未来ではない。」
監察者が小さく呟く。
「私は。」
ゆっくり目を開く。
「心を見落としていた。」
アイリスは笑う。
「ようやく会話ができるようになったじゃない。」
轟音。
二人が同時に踏み込む。
監察者は未来を見ない。
目の前のアイリスだけを見る。
アイリスも剣を構える。
こんな出逢いでなければ互いに笑い合えたかもしれない。
初めて。
能力ではなく。
一人の剣士として。
真正面から激突した。




