4-12 超えた者
第四章
七賢者編
第十二話
山肌へ叩き付けられた記録者は、静かに立ち上がった。
服は裂け、胸元にはグラムの拳跡が残っている。それでも表情は変わらない。
「変わり続ける英雄。」
本を閉じる。
「興味深い。」
轟音。
融合継承が再び動き出す。
初代の怪力が大地を割り、二代目の速度が景色を置き去りにする。三代目の技が逃げ道を消し、六代目の黄金の炎が夜空を覆った。
今までなら、ここで終わっていた。
だが。
グラムは笑う。
「もう見えた。」
拳を握る。
「お前は完成してる。」
記録者は黙っている。
「だから変われねぇ。」
その一言で、記録者の瞳が揺れた。
グラムは踏み込む。
融合継承が迎え撃つ。
怪力。
速度。
技。
炎。
すべてが一つになって襲い掛かる。
グラムは真正面から受けない。
避ける。
流す。
潜る。
そして。
一歩。
また一歩。
昨日までなら選ばなかった道を選び続ける。
記録者の拳が空を切る。
初めて。
融合継承の連携が乱れた。
「そこだ。」
轟音。
黄金の炎が爆ぜる。
グラムの拳が記録者の懐へ潜り込む。
一撃。
二撃。
三撃。
今までの力任せではない。
戦いながら積み上げた答えだけを繋いだ連撃だった。
最後の拳が胸へ突き刺さる。
轟音。
夜空が割れた。
記録者の身体は遥か彼方まで吹き飛び、静かに地上へ降り立つ。
長い沈黙。
記録者は本を見つめた。
六代目焔帝。
その頁は白紙になっていた。
記録できない。
完成しない。
変わり続ける英雄は、記録という概念の外にいた。
「……敗北か。」
静かな声だった。
悔しさではない。
納得だった。
グラムは肩で息をしながら笑う。
「違う。」
記録者を見る。
「今日のお前に勝っただけだ。」
「明日のお前なら、また負けるかもしれねぇ。」
夜風が吹く。
記録者はゆっくり目を閉じ、小さく笑った。
それは、この戦いで初めて見せる笑みだった。
「なるほど。」
「だから、お前は記録できない。」
そう言い残し、記録者は静かに道を開く。
敵意は消えていた。
グラムは何も言わず、その横を通り過ぎる。
勝った。
だが。
誰一人、勝利の顔はしていなかった。
その瞬間――
地下神殿全体を揺るがすほどの衝撃が響く。
英雄達も。
七賢者達も。
一斉に空を見上げた。
その中心で。
今まで一歩も動かなかった執行者が、ゆっくりと立ち上がる。
「役目は終わった。」
その一言だけで。
空気が変わる。




