4-10 昨日までの俺
第四章
七賢者編
第十話
夜風が二人の間を吹き抜ける。
グラムは静かに構えた。炎は弱く、全身は傷だらけ。それでも、その瞳だけは戦い始めた時より鋭くなっていた。
「来い。」
記録者が踏み込む。
轟音。
初代の怪力。
二代目の速度。
三代目の技。
融合継承による一撃が連続で襲い掛かる。
グラムはもう真正面から受け止めなかった。避けられる攻撃は避け、流せる衝撃は流し、防げない一撃だけを最小限で受ける。完全に防ぐことではなく、生き残ることを選び始めていた。
「……変わったな。」
記録者が静かに呟く。
返事はしない。
グラムは記録者だけを見ていた。
動き。
呼吸。
重心。
拳の軌道。
今まで気にも留めなかったものを、一つずつ頭へ刻んでいく。
「全部勝とうとしてた。」
血を拭い、小さく笑う。
「でも違う。」
再び踏み込む。
今度は攻撃ではない。
誘う。
記録者が拳を振るう。
その瞬間だけ身体を半歩ずらし、流れる勢いのまま拳を返した。
轟音。
記録者の頬を拳が掠める。
赤い血が夜空へ散った。
ほんの一滴。
それでも初めて届いた一撃だった。
記録者は自分の頬へ触れ、指先に付いた血を静かに見つめる。
「届いた。」
「違う。」
グラムは首を振る。
「届いたんじゃねぇ。」
拳を握る。
「昨日の俺なら当てられなかった。」
夜風が吹く。
「だから。」
静かに笑う。
「俺は昨日までの俺じゃねぇ。」
その言葉に、記録者は初めて本へ視線を落とした。
六代目焔帝。
そこへ記された歴史が、僅かに変わっている。
戦うたび。
倒れるたび。
目の前の英雄は記録を書き換えていた。
「理解できない。」
記録者が初めて感情を漏らす。
「英雄は継承されるもの。」
グラムは首を横へ振った。
「違う。」
「英雄は変わり続ける。」
長い沈黙。
記録者は静かに本を閉じる。
その表情から、初めて余裕が消えていた。
「……ならば。」
ゆっくり拳を構える。
「記録を超えてみせろ。」




