4-9 それでも
第四章
七賢者編
第九話
夜空は静まり返っていた。
グラムは立っている。全身は傷だらけで、炎も弱まり、呼吸も乱れていた。それでも視線だけは、記録者から一度も外さない。
「来ないのか。」
記録者が静かに問う。
いつもなら答えるより先に殴っている。
だが今回は違った。
グラムは拳を下ろしたまま、記録者だけを見つめている。
長い沈黙。
先に動いたのは記録者だった。
半歩。
その瞬間、グラムは炎を噴き上げる。しかし狙ったのは拳ではない。記録者の攻撃を避けることだった。
轟音。
拳が空を切る。
グラムは初めて真正面から受けず、最小限の動きで横へ流した。
「ほう。」
記録者が僅かに目を細める。
グラムは距離を取ったまま、何も仕掛けない。ただ呼吸を整え、記録者の動きを観察していた。
「攻めないのか。」
「違う。」
短く答える。
「見てる。」
その一言で空気が変わった。
再び記録者が踏み込む。
今度は初代の怪力。
グラムは受け止めず、衝撃を逃がすように身体を回転させる。吹き飛ばされはしたが、さっきまでのような致命傷にはならない。
立ち上がる。
笑う。
「全部勝とうとしてた。」
血を拭いながら呟く。
「でも違う。」
拳を握る。
「一個ずつ越えればいい。」
今度は自分から踏み込む。
狙いは顔でも腹でもない。
右足。
しかし二代目の速度で避けられる。
追わない。
すぐに距離を切る。
また見る。
また考える。
記録者は静かに本を閉じた。
「変わったな。」
「やっと、お前を見始めた。」
グラムは静かに笑う。
「今まで見てたのは、自分の強さだった。」
「でも今は違う。」
「勝つために、お前を見てる。」
その言葉に、記録者は初めて僅かに沈黙した。
歴代の英雄は皆、自分の力を信じて戦った。
だが六代目だけは違う。
戦いながら、自分を変えている。
本に記された六代目焔帝。
その記録は、もう目の前の男と一致していなかった。
「……なるほど。」
記録者は静かに呟く。
「これがお前か。」
夜風が吹く。
グラムはゆっくり拳を握る。
まだ勝てない。
だが。
もう負けてもいない。
記録者は静かに構えを取り直した。
「ならば。」
小さく息を吐く。
「次で終わらせよう。」




