4-8 無力
第四章
七賢者編
第八話
夜空を轟音が駆け抜ける。
グラムは何度吹き飛ばされても立ち上がり、そのたびに記録者へ拳を振るった。しかし結果は変わらない。速さで届けば怪力で押し返され、力で押せば技で崩される。距離を取れば黄金の炎が追い付き、近付けば最小限の動きだけで致命打を叩き込まれた。
「……チッ。」
初めて舌打ちが漏れる。
今までなら、どんな相手にも必ず突破口があった。
速ければ、それ以上に踏み込む。
硬ければ、それ以上に燃やす。
強ければ、それ以上に殴る。
だが目の前の相手には、それが通じない。
一つ超えれば、別の英雄が立ちはだかる。
「どうした。」
記録者が静かに言う。
「終わりか。」
返事はない。
グラムは拳を握り直し、再び踏み込んだ。
今度は真正面ではない。
左へ回る。
瞬間、記録者も同じ速度で回る。
上から叩く。
怪力で迎え撃たれる。
距離を離す。
黄金の炎が夜空を焼きながら追い付く。
何を選んでも。
答えが用意されていた。
轟音。
再び拳が腹へ沈む。
グラムは地面へ叩き付けられ、その衝撃で山肌が大きく崩れた。
◇
地下神殿。
ガイアスは空を見上げていた。
「……押されてる。」
誰よりもグラムを知る男だから分かる。
あいつが笑わない。
それだけで異常だった。
選定者は静かに呟く。
「英雄の歴史に、一人では勝てない。」
◇
夜空。
グラムは瓦礫を押し退け、ゆっくり立ち上がる。
肩で息をする。
炎も少しずつ弱くなっていた。
それでも視線だけは逸らさない。
記録者は本を閉じる。
「六代目。」
「何だ。」
「お前は強い。」
「知ってる。」
「だが。」
長い沈黙。
「お前は一人だ。」
その言葉が胸へ刺さる。
記録者は静かに拳を下ろした。
「私は違う。」
「英雄の歴史、その全てが私にある。」
夜空が震える。
初代の力。
二代目の速度。
三代目の技。
五代目の精神。
六代目の炎。
どれも欠けていない。
完成された歴史。
その前で。
グラムは初めて笑わなかった。
ただ静かに拳を握り締める。
負ける。
そんな言葉は口にしない。
だが。
勝ち方も見えない。
夜空へ吹く風だけが静かだった。




