4-5 執念
第四章
七賢者編
第五話
夜風が静かに吹き抜ける。
グラムは岩壁から身体を起こし、口元の血を乱暴に拭った。全身は傷だらけだったが、その目だけは少しも曇っていない。
「終わりか。」
記録者が静かに問う。
「まだ始まったばかりだ。」
短く返すと、グラムは再び踏み込んだ。
拳が唸る。
炎が弾ける。
蹴りから肘へ、肘から頭突きへ。攻撃の繋ぎを変えながら、休む間もなく畳み掛ける。
だが、結果は変わらない。
どれだけ叩き込んでも記録者は揺るがず、返ってくる一撃だけが確実にグラムを削っていく。
轟音。
腹へ拳がめり込み、再び地面へ叩き落とされる。
それでも、すぐに立ち上がった。
「しつこいな。」
記録者が初めて感想を漏らす。
「よく言われる。」
グラムは笑うでもなく答え、肩を鳴らした。
◇
地下神殿では、ガイアスが選定者へ何度目かの拳を叩き込んでいた。
届かない。
未来を選ばれるたび、拳は僅かに逸れる。
「だったら、その未来ごと砕く。」
豪快に笑って踏み込む姿に、選定者は初めて視線を細めた。
◇
夜空へ戻る。
記録者は本を閉じ、静かにグラムを見つめる。
「六代目。」
「何だ。」
「お前は歴代で最も変化が激しい。」
グラムは首を傾げた。
「知らねぇな。」
「俺は毎日、自分より強い俺になろうとしてるだけだ。」
その一言に、記録者の瞳が僅かに揺れる。
本へ目を落とす。
書き記したはずの六代目焔帝。
だが、そこに記された姿と、今目の前に立つ男は、もう微妙に違っていた。
「……記録が古い。」
誰にも聞こえないほど小さな呟き。
記録者は静かに本を開く。
頁をめくる。
一枚。
また一枚。
夜風が止まる。
グラムは本能で悟った。
まだ終わっていない。
記録者はゆっくりと右手を掲げる。
その腕に。
黄金の炎が灯った。




