1-7 世界最強
第一章
英雄狩り編
第七話
グラムが笑う。
「来い」
その一言で。
空気が震えた。
ノアは短剣を握る。
初めてだった。
グラムと出会ってから。
初めて自分から踏み込む。
地面を蹴る。
一瞬で間合いを詰める。
リゼの目では追えない。
クロードですら目を細める。
速い。
人間としては。
だが。
グラムは動かなかった。
見えていたからだ。
剣が振り下ろされる。
ノアは潜る。
紙一重。
風圧だけで地面が裂ける。
そのまま懐へ。
短剣。
首。
一撃必殺。
だが。
届かない。
金属音。
グラムの肘。
ただそれだけで止められた。
ノアが距離を取る。
グラムは笑う。
「いいな」
心から楽しそうだった。
「本当に人間か?」
ノアは答えない。
再び踏み込む。
今度は足。
膝。
肘。
短剣。
急所だけを狙う。
無駄がない。
美しいほど。
だが。
当たらない。
グラムは全部見えていた。
避ける。
流す。
弾く。
そして。
拳。
轟音。
ノアが吹き飛ぶ。
数本の木を折りながら地面を転がる。
リゼが息を呑む。
初めてだ。
ノアがまともに攻撃を受けた。
土煙。
その中から。
ノアが立ち上がる。
口元から血が流れている。
グラムは嬉しそうだった。
「死なないか」
「死なん」
「いいな」
本当に嬉しそうだった。
まるで。
ずっと探していた玩具を見つけた子供みたいに。
クロードが呟く。
「厄介だな」
リゼが聞く。
「どっちがです?」
クロードは笑う。
「両方だ」
その時だった。
ノアが止まる。
動かない。
グラムを見ている。
ただ見ている。
グラムも気付く。
「どうした」
ノアは答えない。
数秒。
そして。
一言。
「そういうことか」
グラムの眉が動く。
ノアは初めて見つけた。
世界最強の正体を。
グラムが強い理由。
英雄だからじゃない。
能力だからじゃない。
もっと単純だった。
グラムは。
戦うために生まれている。
剣。
拳。
足運び。
呼吸。
重心。
全部が異常。
何万回。
何十万回。
戦い続ければこうなる。
そんな領域。
グラムは笑う。
「見えたか?」
ノアは頷いた。
「お前」
「何だ」
「努力してるな」
静寂。
リゼが固まる。
クロードが吹き出した。
グラムは。
数秒固まった。
そして。
腹を抱えて笑った。
「ははははははは!」
森中に響く。
大笑い。
止まらない。
「初めてだ!」
「俺を見て努力と言った奴は!」
ノアは真顔だった。
「事実だろう」
グラムは笑い続ける。
やがて。
笑みを消した。
そして。
静かに言う。
「皆勘違いしている」
風が吹く。
「英雄だから強いんじゃない」
グラムが剣を肩へ担ぐ。
「強かったから英雄になった」
リゼの背筋が震えた。
その言葉。
あまりにも自然だった。
当たり前のように言う。
だが。
普通は言えない。
世界最強だから。
言える。
グラムはノアを見る。
「お前もそうだろう」
ノアは少し考える。
そして。
首を振った。
「違う」
「ほう?」
「俺は弱い」
グラムが笑う。
「面白いな」
ノアは続ける。
「だから勝ち方を考える」
静寂。
グラムの笑みが深くなる。
ようやく理解した。
目の前の男を。
英雄じゃない。
怪物でもない。
もっと厄介だ。
戦争そのものを見ている。
「だから補給線か」
「そうだ」
「だから俺を殺そうとする」
「そうだ」
グラムは空を見上げる。
そして。
初めて真面目な顔になった。
「なら」
剣を持つ。
「教えてやる」
空気が変わる。
クロードが盾を構える。
リゼが一歩下がる。
今までとは違う。
本当に違う。
グラムが言う。
「俺を倒しても」
その声には。
確信があった。
「戦争は終わらん」
ノアは黙る。
グラムは続ける。
「英雄を殺しても終わらん」
「国を滅ぼしても終わらん」
「王を殺しても終わらん」
焔帝は笑う。
どこか寂しそうに。
「そんな簡単なら」
風が吹く。
「とっくに終わってる」
その言葉に。
ノアは初めて沈黙した。
グラムは剣を担ぐ。
背を向ける。
「今日はここまでだ」
リゼが目を見開く。
「帰るんですか?」
グラムは振り返らない。
「ああ」
「何故です?」
グラムは笑った。
「戦争中だからだ」
そして。
歩き出す。
森の奥へ。
誰も止められない。
止めようとも思わない。
ただ一人。
ノアだけが。
去っていく背中を見ていた。
そして。
初めてだった。
英雄を殺せば戦争は終わる。
その考えに。
ほんの少しだけ。
疑問を抱いたのは。
グラムの姿が闇へ消える。
静かな夜だった。
だが。
英雄狩りの戦いは。
今始まったばかりだった。




