3-9 英雄と賢者
第三章
オラクル編
第九話
静寂。
七賢者の一人が立ち上がる。
それだけだった。
ただ立ち上がっただけ。
それなのに。
会議場の空気が変わる。
ガイアスの笑みが消える。
アイリスの目が細くなる。
セレスも息を止めた。
強い。
そんな言葉では足りない。
まるで巨大な山が動き出したような圧迫感。
グラムだけが笑う。
「お前か」
低い声。
七賢者の一人は答えない。
顔も見えない。
名前も知らない。
ただ一歩前へ出る。
執行者が言う。
「最後に聞く」
静かな声。
「アルメリアを諦めろ」
グラムは即答した。
「断る」
「世界を危険に晒すぞ」
「知らん」
「人が死ぬ」
「だから行く」
静寂。
執行者は目を閉じる。
短く。
そして開いた。
「そうか」
その瞬間だった。
七賢者の一人が消える。
グラムの姿も消える。
轟音。
会議場の壁が砕ける。
衝撃波が地下神殿を揺らした。
セレスが目を見開く。
アイリスも。
ガイアスも。
誰も見えなかった。
何が起きたのか。
瓦礫が崩れる。
煙の中から。
グラムが立ち上がる。
口元から血が流れていた。
だが。
笑っていた。
「いいな」
低い声。
「ようやく分かった」
炎が吹き上がる。
地下神殿が赤く染まる。
「お前ら」
静寂。
「本当に強い」
轟音。
焔帝の炎が爆発する。
会議場全体を飲み込むほどの熱量。
その瞬間。
七賢者の一人が手を上げた。
炎が止まる。
静寂。
セレスが固まる。
ガイアスも。
アイリスも。
バルドも。
誰も言葉が出ない。
止めた。
焔帝グラムの炎を。
正面から。
たった片手で。
グラムの笑みが深くなる。
「最高だ」
その時だった。
ガイアスが拳を鳴らす。
「独り占めするな」
豪快な笑み。
「俺も混ぜろ」
床が砕ける。
生きた国境。
鉄王ガイアスが飛び出す。
アイリスがため息を吐く。
「本当に馬鹿ね」
空気が凍る。
地下神殿に白い霜が広がる。
バルドも立ち上がる。
「交渉は終わりだな」
静かな声。
セレスも前へ出る。
執行者を見据える。
「アルメリアへ行きます」
執行者は頷いた。
「そうだろうな」
怒りもない。
失望もない。
ただ確認が終わった者の声だった。
執行者が立ち上がる。
七賢者も静かに席を離れる。
執行者は英雄達を見る。
「英雄」
静かな声。
「最後の忠告だ」
グラムが笑う。
「聞くだけ聞いてやる」
執行者は世界地図を見る。
赤く染まるアルメリア。
そして言った。
「アルメリアへ辿り着いても」
静寂。
「お前達は何も救えない」
会議場が凍る。
グラムの炎が揺れる。
ガイアスの拳が鳴る。
アイリスの氷が軋む。
セレスが剣へ手を伸ばす。
執行者は続けた。
「なぜなら」
静寂。
「終焉は既に始まっている」
全員が世界地図を見る。
アルメリア。
赤い光が急速に広がっている。
三日後ではない。
明日でもない。
今この瞬間も。
終焉は進行している。
グラムの表情が変わる。
初めてだった。
焦りが見えたのは。
執行者は静かに告げる。
「だから言った」
「間に合わない」
静寂。
その瞬間。
世界地図の赤い光が爆発的に広がった。
会議場の全員が息を呑む。
アルメリアの外縁部。
その一角が。
消えた。




