2-40 英雄の背中
第二章
焔帝編
第四十話
聖都は静かだった。
戦いは終わった。
黒騎士は消えた。
レオンは消えた。
だが。
誰も勝った気分ではない。
アベルは城壁の上に座っていた。
一人で。
風が吹いている。
昔から変わらない癖だった。
考え事をする時。
高い場所へ行く。
グラムは知っていた。
だから隣へ座る。
何も言わずに。
しばらく沈黙が続いた。
アベルが口を開く。
「情けないな」
小さな声。
グラムは答えない。
アベルは笑う。
自嘲だった。
「二十年探して」
「ようやく会えて」
「何もできなかった」
風が吹く。
グラムは空を見る。
「そんなことないだろ」
静かな声。
アベルは首を横に振る。
「ある」
即答だった。
「俺は救えなかった」
静寂。
レオン。
仲間。
友。
そして英雄。
救えなかった。
だから追い続けた。
二十年間。
アベルは続ける。
「強くなった」
「誰よりも」
「何度も戦った」
風が吹く。
「だが届かなかった」
グラムは黙る。
アベルの気持ちは分かる。
自分も同じだから。
ベルグ。
リュシア。
守れなかった人達。
英雄だからこそ。
忘れられない。
その時だった。
グラムが笑う。
少しだけ。
「師匠」
「何だ」
「勘違いしてる」
アベルが眉をひそめる。
グラムは続ける。
「レオンは最後笑ってた」
静寂。
アベルが黙る。
グラムは空を見る。
「救えなかった奴の顔じゃなかった」
風が吹く。
「会えて良かった奴の顔だった」
静かな声。
アベルは何も言わない。
だが。
拳が震えていた。
グラムは立ち上がる。
そして。
いつものように笑った。
「英雄は全部守れない」
静寂。
「でもな」
「だからって」
「守ったものまで無かったことにはならん」
風が吹く。
アベルは俯く。
レオン。
最後の笑顔。
最後の言葉。
守りたかったな。
あの声が蘇る。
そして。
気付く。
二十年間。
自分は失ったものばかり見ていた。
守れなかったものばかり。
だが。
守れたものもあった。
グラム。
弟子。
目の前にいる。
それだけは事実だった。
アベルは笑った。
本当に少しだけ。
「生意気だな」
「師匠譲りだ」
「違うな」
「違わん」
二人が笑う。
その様子を遠くから見ていたセレスも微笑む。
ノアは黙っていた。
だが。
目の前の光景を見て思う。
観測者は。
きっとこういうものを見ていない。
失敗。
争い。
滅亡。
そればかり見ている。
だが。
人はそれだけじゃない。
失っても立ち上がる。
苦しんでも前を向く。
その姿を。
グラムは見ている。
だから諦めない。
その時だった。
聖都の鐘が鳴る。
重く。
大きく。
街中へ響く。
戦いの終わりを告げる鐘。
人々が顔を上げる。
子供達が笑う。
兵士達が肩を叩き合う。
負傷者達が泣く。
生きている。
まだ。
この街は生きている。
グラムはその光景を見る。
そして。
小さく笑った。
「悪くないな」
静かな声。
ノアが聞く。
「何がだ」
グラムは答える。
「守るってやつだ」
夕陽が聖都を照らす。
燃えた街。
傷付いた人々。
それでも。
確かに残ったものがある。
それを見ながら。
ノアは思う。
英雄とは何か。
もう答えは分かっていた。
英雄とは。
全部を救う者じゃない。
絶望の中でも。
誰かのために立ち続ける者だ。
その背中は。
思ったよりずっと。
人間らしかった。




