2-38 黒騎士
第二章
焔帝編
第三十八話
剣と剣がぶつかる。
轟音。
聖都の石畳が砕ける。
周囲の建物の窓が一斉に割れた。
アベルは動かない。
黒騎士の大剣を受け止めたまま。
黒騎士も動かない。
ただ見ている。
互いを。
長い沈黙だった。
まるで。
二人だけ別の時間を生きているように。
やがて。
黒騎士が口を開く。
「生きていたか」
静かな声。
アベルは笑う。
「お前こそな」
グラムが眉をひそめる。
知り合いだった。
それも。
かなり昔から。
黒騎士が剣を引く。
アベルも下がる。
互いに数メートル。
距離を取る。
「誰だ」
グラムが聞く。
アベルは少し黙った。
そして。
答える。
「昔の仲間だ」
静寂。
セレスも固まる。
ノアも。
アベルが仲間と呼ぶ。
それだけで異常だった。
「名前は」
グラムが聞く。
アベルは黒騎士を見る。
少しだけ悲しそうに。
「レオン」
風が吹く。
黒騎士は反応しない。
まるで他人の名前を聞いたように。
「死んだ名前だ」
静かな声。
アベルの目が細くなる。
「まだ覚えているじゃないか」
黒騎士は答えない。
その沈黙が。
逆に全てを語っていた。
その時だった。
セレスが前へ出る。
「何故聖都を襲ったのですか」
黒騎士が見る。
聖女を。
真っ直ぐに。
そして。
言った。
「確かめるためだ」
静寂。
「何を」
「価値だ」
意味が分からない。
だが。
黒騎士は本気だった。
「守る価値があるのか」
聖都を見渡す。
燃える街。
逃げ惑う人々。
泣く子供。
傷付いた兵士。
そして。
セレス。
「何故そこまでして守る」
静かな声。
「どうせ失う」
風が吹く。
セレスは睨む。
「だから守るんです」
即答だった。
黒騎士は黙る。
セレスは続ける。
「失うから大切なんです」
「終わりがあるから」
「今を守るんです」
静寂。
黒騎士の目が僅かに揺れた。
本当に。
僅かに。
その時だった。
アベルが笑う。
「聞いたか」
黒騎士が振り返る。
アベルは剣を肩に担いでいる。
昔を思い出すように。
「お前も昔は同じことを言っていた」
静寂。
黒騎士の顔から感情が消える。
そして。
ゆっくり剣を構えた。
「黙れ」
初めてだった。
感情が乗った声。
怒りだった。
アベルは笑わない。
ただ。
静かに剣を構える。
「まだ残ってるな」
「レオン」
次の瞬間。
二人が消えた。
轟音。
空が震える。
聖都の上空。
剣撃が交差する。
一撃。
二撃。
三撃。
誰も見えない。
グラムですら。
完全には。
追えない。
「化け物かよ」
思わず呟く。
アベルが強いのは知っていた。
だが。
黒騎士も同格だった。
空が裂ける。
雲が消し飛ぶ。
衝撃波だけで塔が崩れる。
セレスが住民を守る結界を展開する。
ノアは空を見る。
そして。
気付く。
二人の戦いではない。
会話だ。
剣で語っている。
二十年前に終わらなかった何かを。
今。
続けている。
その時だった。
黒騎士の剣が弾かれる。
隙。
ほんの一瞬。
アベルが踏み込む。
剣を振る。
黒騎士の胸を斬る。
鮮血。
ではなかった。
黒い霧。
傷口から溢れ出す。
全員が息を呑む。
人間じゃない。
もう。
完全には。
黒騎士が後退する。
初めて。
距離を取った。
そして。
胸の傷を見つめる。
不思議そうに。
「まだ斬れるか」
小さな声。
アベルは答える。
「お前はまだ死んでない」
静かな声。
「だから届く」
黒騎士が黙る。
風が吹く。
長い沈黙。
そして。
初めてだった。
黒騎士が笑ったのは。
悲しそうに。
どこか救われたように。
「そうか」
小さな声。
その時。
ノアの境界が激しく反応する。
黒騎士へ繋がる線。
それが。
切れ始めていた。




