2-37 聖都炎上
第二章
焔帝編
第三十七話
聖都ルミナスへ向かう。
全速力だった。
グラム。
セレス。
ノア。
アベル。
誰も喋らない。
風だけが耳を打つ。
セレスの表情は険しい。
今にも飛び出しそうだった。
故郷だった。
帰る場所だった。
守ると決めた場所だった。
その場所が襲われている。
平静でいられるはずがない。
グラムが隣へ並ぶ。
「大丈夫か」
セレスは即答する。
「大丈夫じゃありません」
珍しかった。
強がらない。
隠さない。
グラムは少し笑う。
「そうか」
「そうです」
静寂。
そして。
グラムは前を見る。
「なら急ごう」
それだけだった。
励まさない。
慰めない。
ただ隣を走る。
それだけで十分だった。
セレスは少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
やがて。
聖都が見えた。
そして。
全員が絶句する。
燃えていた。
聖都ルミナス。
神聖国最大の都市。
白亜の神殿都市。
その半分が炎に包まれている。
黒煙が空へ昇る。
悲鳴。
怒号。
鐘の音。
地獄だった。
セレスが飛び出す。
「待て!」
グラムが叫ぶ。
だが遅い。
聖女の光が爆発する。
白銀の光。
空から無数の光粒が降り注ぐ。
負傷者達の傷が癒える。
崩れた建物の下から声が上がる。
歓声。
泣き声。
希望。
「聖女様だ!」
「聖女様が戻られた!」
人々が叫ぶ。
セレスは走る。
助けを求める声へ。
迷いなく。
グラムはそれを見て笑った。
「らしいな」
静かな声。
その時だった。
轟音。
神殿の尖塔が吹き飛ぶ。
全員が振り返る。
いた。
神殿の上。
黒い鎧。
黒い大剣。
身長二メートルを超える巨躯。
男が立っている。
周囲には無数の死体。
聖騎士達だった。
誰も立っていない。
全滅。
男は静かにこちらを見る。
その瞬間。
グラムの表情が消えた。
笑みも。
余裕も。
全部。
「師匠」
アベルが頷く。
「知っている」
静かな声。
「あれは黒騎士だ」
ノアが眉をひそめる。
初めて聞く名前だった。
だが。
アベルの声は重い。
本当に。
重かった。
「昔は人間だった」
風が吹く。
「今は違う」
黒騎士。
男はこちらを見る。
そして。
剣を肩へ担いだ。
ただそれだけで。
空気が重くなる。
英雄級。
いや。
それ以上。
グラムが前へ出る。
焔圧が膨れ上がる。
圧縮。
増幅。
解放。
大地が砕ける。
「お前がやったのか」
黒騎士は答えない。
代わりに。
セレスを見る。
聖女を。
真っ直ぐに。
その瞬間。
ノアの境界が反応した。
見える。
黒騎士の線。
異常だった。
生命の線が薄い。
だが。
一本だけ。
異様に太い線がある。
どこかへ繋がっている。
遥か北。
禁域の方角へ。
ノアの顔色が変わる。
アベルと同じだ。
黒騎士も。
誰かに繋がっている。
黒幕じゃない。
駒だ。
その時だった。
黒騎士が初めて口を開く。
「聖女」
低い声。
重い。
まるで墓の底から響くような。
「来い」
静寂。
セレスが睨む。
「断ります」
即答だった。
黒騎士は少しだけ首を傾げる。
感情がない。
本当に。
何も。
「そうか」
次の瞬間。
消えた。
轟音。
地面が砕ける。
黒騎士がセレスの目の前に現れる。
速い。
グラムすら反応が遅れる。
黒い大剣が振り下ろされる。
セレスが目を見開く。
間に合わない。
だが。
金属音が響く。
アベルだった。
剣聖の剣が。
黒騎士の大剣を受け止めている。
静寂。
黒騎士の目が初めて揺れた。
「……お前」
アベルが笑う。
少しだけ。
「久しぶりだな」
風が吹く。
そして。
ノアは理解する。
この戦いは。
グラムの戦いではない。
アベルの過去。
二十年間追い続けた後悔。
その続きだ。




