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2-31 剣聖の後悔

第二章


焔帝編


第三十一話


門が閉じた。


静寂。


さっきまでの圧迫感が嘘みたいに消えている。


だが。


誰一人として安心できなかった。


グラムがアベルを見る。


「何者だった」


アベルは答えない。


巨大な門を見つめたまま。


動かない。


まるで。


何年も追い続けた何かを見失ったように。


「師匠」


グラムが呼ぶ。


アベルはゆっくり振り返った。


その顔を見て。


グラムは言葉を失う。


老けていた。


さっきまでとは別人みたいに。


疲れ切っていた。


「……間に合わなかった」


小さな声。


誰へ向けた言葉でもない。


独り言。


アベルは門へ手を置く。


黒い石。


冷たい感触。


「二十年だ」


静かな声。


「二十年追い続けた」


風が吹く。


ノアも。


セレスも。


黙って聞いている。


アベルは続けた。


「俺は昔」


「お前と同じだった」


グラムを見る。


「全部守れると思っていた」


グラムは何も言わない。


アベルの目には。


昔の自分が映っている。


そんな気がした。


「強くなれば守れる」


「もっと強くなれば」


「誰も死なない」


静かな声。


「本気でそう思っていた」


セレスが俯く。


その気持ちは分かる。


誰よりも。


アベルは笑った。


悲しそうに。


「結果は逆だった」


静寂。


「守れなかった」


「何も」


グラムの表情が変わる。


初めて聞く。


師匠のそんな声。


アベルは空を見る。


遠く。


どこか昔を見ているように。


「村があった」


「家族がいた」


「仲間がいた」


風が吹く。


「全部消えた」


静寂。


誰も喋らない。


アベルは続ける。


「だから俺は追った」


「答えを」


ノアの目が細くなる。


答え。


観測者も。


あの青年も。


似た言葉を使っていた。


「何の答えだ」


ノアが聞く。


アベルは少しだけ笑った。


「守る方法だ」


静かな声。


「世界そのものを」


その瞬間。


グラムが立ち上がる。


「そんなもんあるのか」


即答だった。


アベルは黙る。


数秒。


そして。


首を横に振った。


「分からん」


初めてだった。


剣聖アベルが。


分からないと言った。


「だから探していた」


静かな声。


「二十年間」


風が吹く。


その背中は。


どこか寂しかった。


世界最強。


伝説。


剣聖。


そんな肩書きではない。


ただ。


一人の人間だった。


守れなかった後悔を抱えた。


一人の男。


その時だった。


グラムが笑う。


アベルが振り返る。


「師匠」


「何だ」


グラムはいつもの顔だった。


馬鹿みたいに真っ直ぐな。


あの顔。


「まだ探してるなら」


静寂。


「一緒に探せばいいだろ」


アベルが固まる。


セレスも。


ノアも。


グラムだけが笑っている。


「一人で探すから疲れるんだ」


「昔からそうだった」


アベルの目が見開く。


「お前な」


「俺は弟子だぞ」


即答。


「師匠が迷子なら連れて帰る」


セレスが吹き出す。


ノアも少しだけ口元が緩む。


アベルは数秒黙った。


そして。


二十年ぶりに。


本当に久しぶりに。


笑った。


「生意気になったな」


「昔からだ」


グラムも笑う。


風が吹く。


その光景を見ながら。


ノアは思う。


観測者は言った。


人は変わらないと。


だが。


本当にそうだろうか。


二十年間。


後悔だけを抱えていた男がいる。


それでも。


今。


少しだけ前を向いた。


それは。


変化ではないのか。


ノアは空を見る。


観測者の言葉。


グラムの言葉。


アベルの後悔。


まだ答えは出ない。


だが。


少なくとも一つだけ。


分かったことがある。


英雄とは。


無敵の存在ではない。


誰よりも傷付きながら。


それでも守ることを諦めない人間だ。

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