2-30 守る理由
第二章
焔帝編
第三十話
門はゆっくりと開いていた。
轟音。
大地が震える。
空が揺れる。
まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。
グラムは剣を握る。
セレスも前へ出る。
だが。
アベルは動かない。
ただ門を見ている。
その背中が妙に大きく見えた。
「下がれ」
もう一度言った。
静かな声だった。
だが。
有無を言わせない重みがあった。
グラムが眉をひそめる。
「何がいる」
アベルは答えない。
数秒。
沈黙。
そして。
小さく呟いた。
「俺が守れなかったものだ」
静寂。
意味が分からない。
だが。
アベルの表情だけで十分だった。
冗談ではない。
本気だ。
門の亀裂がさらに広がる。
黒い空間が見える。
何もない。
本当に。
何も。
だが。
それが異常だった。
ノアの境界が叫んでいる。
危険だと。
近付くなと。
理解するなと。
その時だった。
黒い空間の奥。
何かが動く。
ゆっくりと。
こちらへ。
歩いてくる。
人影だった。
一人。
黒い服。
黒い髪。
普通の青年に見える。
だが。
誰も安心できなかった。
存在感がない。
あまりにも。
そこにいるのに。
世界が認識していない。
そんな違和感。
青年が門を越える。
そして。
辺りを見回した。
興味なさそうに。
本当に。
どうでも良さそうに。
「また失敗か」
静かな声。
誰に向けた言葉でもない。
独り言。
だが。
アベルの顔色が変わる。
グラムも気付く。
知っている。
この男を。
「お前か」
アベルが言う。
青年は少し考えた。
そして。
思い出したように笑う。
「ああ」
「剣の人か」
剣の人。
世界最強の剣聖を。
そう呼んだ。
グラムの焔圧が膨れ上がる。
気に入らない。
本能的に。
だが。
アベルが手を上げる。
止まれ。
そう言っていた。
青年は気にせず周囲を見る。
山。
空。
人。
世界。
全部を。
まるで初めて見るように。
そして。
ノアを見た。
その瞬間。
初めて表情が変わる。
「なるほど」
静かな声。
「だから開いたのか」
ノアの背筋が凍る。
まただ。
観測者と同じ。
選定者と同じ。
こいつも。
自分を知っている。
青年は近付いてくる。
ゆっくりと。
敵意はない。
だが。
誰も動けない。
存在感がなさ過ぎる。
何を考えているのか分からない。
何をするのかも。
青年はノアの前で止まった。
そして。
初めて笑った。
少しだけ。
「久しぶりだな」
静寂。
ノアが眉をひそめる。
「会ったことはない」
青年は頷く。
「そうだな」
「お前は覚えていない」
意味が分からない。
グラムが前へ出る。
青年は振り返る。
そして。
不思議そうに首を傾げた。
「何故戦う」
突然だった。
グラムは答える。
「守るためだ」
即答。
青年はさらに首を傾げる。
本当に分からないみたいに。
「守ってどうする」
静寂。
グラムが笑った。
少しだけ。
「守りたいから守る」
青年は黙る。
数秒。
いや。
十秒ほど。
そして。
初めて考え込んだ。
まるで。
今まで一度も考えたことがない質問だったように。
やがて。
小さく呟く。
「そういうものか」
アベルが剣を構える。
「喋り終わったか」
青年は振り返る。
そして。
少しだけ残念そうに笑った。
「お前はいつもそうだな」
風が吹く。
空気が変わる。
グラムが気付く。
セレスも。
ノアも。
アベルも。
全員が同じことを理解した。
戦いになる。
だが。
その瞬間。
青年が空を見上げた。
何かを感じたように。
そして。
興味を失ったように言う。
「今日はやめておく」
静寂。
全員が固まる。
青年は踵を返す。
門へ向かう。
アベルが叫ぶ。
「待て!」
青年は止まらない。
ただ。
最後に一言だけ残した。
「英雄は面白い」
静かな声。
「だからまだ残しておこう」
そのまま。
黒い門の向こうへ消えていく。
門が閉じる。
轟音。
再び世界が静かになる。
誰も喋れなかった。
そして。
アベルだけが苦しそうに目を閉じた。
「……間に合わなかったか」
小さな声。
ノアは聞き逃さなかった。
その言葉の意味を。
そして。
グラムは初めて気付く。
師匠が追っていたのは。
強敵ではない。
答えだった。




