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2-26 剣聖

第二章


焔帝編


第二十六話


アルトスへ向かう道中。


誰も喋らなかった。


馬を飛ばす。


全速力で。


一刻も早く追いつくために。


グラムは先頭を走っている。


珍しかった。


いつもなら笑う。


冗談を言う。


だが今は違う。


真剣だった。


本当に。


「知っているんですか」


セレスが聞いた。


グラムは前を向いたまま答える。


「ああ」


静かな声。


「たぶんな」


ノアが見る。


グラムは続けた。


「昔の話だ」


風が吹く。


「俺が英雄になる前」


「一度だけ会った」


セレスが驚く。


グラムが英雄になる前。


そんな昔から。


「強かったんですか」


グラムは笑った。


少しだけ。


「俺よりな」


静寂。


ノアも。


セレスも。


言葉を失う。


世界最強。


焔帝グラム。


その男が。


自分より強いと言った。


初めてだった。


「名前は」


ノアが聞く。


グラムは空を見る。


懐かしそうに。


そして。


答えた。


「アベル」


風が吹く。


「剣だけなら世界最強だった男だ」


静寂。


「だった?」


セレスが聞く。


グラムは頷いた。


「死んだ」


即答だった。


「二十年前にな」


ノアの目が細くなる。


死んだ。


なら。


今いるのは誰だ。


グラムも同じことを考えていた。


だから。


急いでいる。


その時だった。


遠くに都市が見える。


次の目的地。


防衛都市ラグナ。


人口五万。


黒い影の進路上にある都市。


グラムが速度を上げる。


「間に合え」


小さな声。


だが。


全員が聞いた。


英雄は万能じゃない。


全部は救えない。


それでも。


救いたい。


それがグラムだった。


やがて。


都市へ到着する。


城門。


兵士達。


避難民。


まだ無事だった。


グラムが安堵する。


「間に合ったか」


だが。


次の瞬間だった。


鐘が鳴る。


警鐘。


城壁の上から叫び声が響く。


「敵襲!」


静寂。


グラムが振り返る。


全員が空を見る。


いた。


城壁の外。


一人だけ。


黒い外套。


長い剣。


男が立っていた。


動かない。


ただ。


そこにいる。


それだけで。


空気が重い。


兵士達が震えている。


戦う前から。


心が折れていた。


男がゆっくり顔を上げる。


その瞬間。


グラムの顔色が変わった。


「……馬鹿な」


初めてだった。


焔帝グラムが動揺したのは。


男は静かに言う。


「久しぶりだな」


静かな声。


グラムの拳が震える。


死んだはずだった。


二十年前に。


確かに。


「アベル」


男は笑った。


どこか寂しそうに。


「その名前も懐かしい」


風が吹く。


剣聖アベル。


伝説。


英雄ですらない。


だが。


英雄達が目標にした男。


その存在が。


今。


目の前にいた。


そして。


ノアは気付く。


境界が見せている。


違和感。


致命的な違和感。


アベルには。


人を繋ぐ線がない。


生命の線も。


因果の線も。


何も。


存在しない。


まるで。


死人だった。


ノアの背筋が冷える。


その時。


アベルが剣を抜いた。


静かな音だった。


ただ。


それだけで。


城壁が裂けた。


誰も見えなかった。


振った瞬間すら。


見えなかった。


巨大な城壁が。


一直線に。


滑るように崩れ落ちる。


静寂。


兵士達が絶望する。


グラムだけが笑った。


本当に。


心の底から。


「ようやくだ」


焔圧が膨れ上がる。


圧縮。


増幅。


解放。


大地が砕ける。


世界最強の英雄。


焔帝グラム。


そして。


伝説の剣聖アベル。


二人の視線が交差する。


次の瞬間。


二人は同時に消えた。

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