2-23 帰還
第二章
焔帝編
第二十三話
リュシアを出た頃には夜になっていた。
誰も喋らない。
グラムも。
セレスも。
ノアも。
観測者が消えた後も。
空気は重かった。
少女はセレスが抱いている。
眠っていた。
疲れ切っていたのだろう。
セレスは少女の頭を優しく撫でる。
何度も。
何度も。
まるで自分に言い聞かせるように。
大丈夫だと。
まだ守れると。
グラムが横を見る。
「戻ったな」
小さな声。
セレスが顔を上げる。
「何がですか」
「お前だ」
静寂。
セレスは少しだけ笑った。
弱い笑顔だった。
だが。
ベルグで見た空っぽの笑顔とは違う。
ちゃんと生きている笑顔だった。
「心配をかけました」
「本当にな」
グラムがため息を吐く。
「面倒な奴だ」
「お互い様でしょう」
「違いない」
二人が笑う。
ノアは黙って見ていた。
英雄。
世界最強。
聖女。
だが。
今見えているのは。
ただの人間だった。
傷付いて。
悩んで。
それでも前を向く人間。
もともと抱いていた英雄像とは全く違う。
その時だった。
少女が目を覚ます。
ゆっくりと。
そして。
セレスを見る。
涙が溢れた。
「本物……?」
小さな声。
セレスは頷く。
少女は泣き出した。
堰を切ったように。
「良かった」
「良かったぁ……」
何度も。
何度も。
繰り返す。
セレスは何も言わない。
ただ抱き締めた。
優しく。
強く。
少女が泣き止むまで。
ずっと。
ノアはその光景を見ていた。
そして。
初めて思う。
英雄がいる意味を。
守れない命もある。
救えない人もいる。
それでも。
目の前の少女は救われた。
セレスがいたから。
グラムがいたから。
もし英雄がいなかったら。
この少女は今ここにいない。
風が吹く。
グラムが空を見る。
観測者の言葉が蘇る。
人は変われない。
世界は失敗だ。
作り直す。
気に入らなかった。
本当に。
気に入らなかった。
「なあ」
グラムが呟く。
ノアが見る。
グラムは前を向いたまま言った。
「俺は難しいことは分からん」
静かな声。
「世界がどうとか」
「法則がどうとか」
「そんなのはどうでもいい」
そして。
少女を見る。
セレスを見る。
ノアを見る。
「だが」
少し笑う。
「守れた命があるなら」
「それだけで戦う理由になる」
静寂。
セレスが笑った。
今度は自然に。
心から。
ノアは何も言わない。
だが。
少しだけ。
グラムの言葉を否定できなかった。
観測者は世界を見ていた。
グラムは人を見ていた。
どちらが正しいのか。
まだ分からない。
だが。
ノアは思う。
答えは。
もう少し先にある。




