2-21 終焉
第二章
焔帝編
第二十一話
空が割れていた。
黒い。
どこまでも黒い亀裂。
まるで世界そのものに傷が付いたようだった。
誰も動けない。
グラムですら。
セレスですら。
ただ見上げていた。
本能が理解している。
あれは見てはいけないものだと。
存在してはいけないものだと。
少女は震えていた。
涙を流しながら。
「来る」
何度も。
何度も。
同じ言葉を繰り返している。
「来る」
執行者が前へ出る。
初めてだった。
明確に戦う姿勢を見せたのは。
腰の剣へ手を掛ける。
その動きだけで空気が変わる。
案内人が息を呑む。
グラムも気付く。
今まで執行者は一度も戦っていない。
必要がなかったからだ。
その男が。
初めて剣を抜こうとしている。
空の亀裂が広がる。
ゆっくりと。
だが確実に。
世界を裂きながら。
そして。
中から何かが現れた。
人ではない。
獣でもない。
形が定まらない。
黒い霧。
黒い影。
黒い何か。
見る度に姿が変わる。
巨人に見える。
竜に見える。
人に見える。
次の瞬間には全部違う。
脳が認識を拒絶していた。
セレスが膝をつく。
頭を押さえる。
「っ……!」
グラムが支える。
「おい!」
セレスは震えていた。
顔色が真っ白だった。
「見ちゃ……だめ」
小さな声。
「認識される」
静寂。
誰も意味が分からない。
だが。
執行者だけは知っていた。
「下がれ」
低い声。
初めてだった。
命令ではない。
警告だった。
「全員」
「見るな」
ノアの目が細くなる。
その瞬間だった。
境界が反応する。
今までで最大。
脳が焼けるような感覚。
世界を覆う無数の線。
法則。
因果。
運命。
全部が見える。
そして。
見てしまう。
あの黒い存在の正体を。
存在していない。
それなのに存在している。
世界の外側。
法則の外側。
生き物ですらない。
概念。
いや。
もっと近い。
ノアは無意識に呟く。
「穴だ」
執行者が振り返る。
初めて。
本当に初めて。
驚愕した。
「見えるのか」
ノアは空を見ていた。
黒い存在ではない。
その奥。
さらに奥。
世界に開いた巨大な穴を。
「終焉じゃない」
静かな声。
「これは結果だ」
グラムが聞く。
「何だと」
ノアは答える。
境界が告げている。
世界が告げている。
「誰かが」
「世界を壊している」
静寂。
その瞬間。
空の黒い存在が動いた。
ゆっくりと。
こちらを見る。
目はない。
顔もない。
だが。
見られた。
全員が理解した。
そして。
次の瞬間。
都市が消えた。
音もなく。
爆発もなく。
光もなく。
遠くに見えていた山が。
消滅した。
ただ。
存在しなかったことになった。
グラムの顔色が変わる。
理解できない。
破壊ではない。
消失。
執行者が剣を抜く。
銀色の刃。
初めて見せる武器。
その一振りだけで。
空間が震えた。
黒い存在が止まる。
執行者が前へ出る。
そして。
静かに言った。
「まだ早い」
その言葉に。
黒い存在が反応する。
空気が歪む。
世界が悲鳴を上げる。
執行者は剣を構える。
そして。
初めて名を口にした。
「観測者」
静寂。
案内人が固まる。
セレスも。
グラムも。
そして。
選定者ですら。
笑顔を消した。
その名だけで。




