2-19 終焉の兆し
第二章
焔帝編
第十九話
誰も喋らなかった。
世界模型。
その上を広がる黒い侵食。
帝国。
共和国。
神聖国。
関係ない。
全てへ広がっている。
まるで病だった。
世界そのものを蝕む。
執行者は静かに見ている。
グラムが口を開く。
「何だそれは」
執行者は答えた。
「終焉だ」
静かな声。
「世界の寿命」
ノアの目が細くなる。
寿命。
国家ではない。
文明でもない。
世界そのもの。
執行者は続ける。
「全ての世界には終わりがある」
「人間と同じだ」
「生まれ」
「成長し」
「衰え」
「死ぬ」
セレスが模型を見る。
「この世界が死ぬのですか」
執行者は頷く。
「既に始まっている」
静寂。
グラムは理解できなかった。
いや。
理解したくなかった。
「ふざけるな」
低い声。
「世界だぞ」
執行者はグラムを見る。
感情はない。
「だからだ」
その一言だった。
世界も。
人も。
国家も。
例外ではない。
それだけだった。
グラムは拳を握る。
だが反論できない。
執行者は嘘を言っていない。
そう本能が理解していた。
その時だった。
ノアが口を開く。
「違う」
全員が振り返る。
ノアは模型を見ていた。
黒い侵食を。
そして。
世界を覆う無数の線を。
今も見えている。
境界。
第三階層へ来てから。
さらに鮮明に。
「寿命じゃない」
執行者の目が僅かに細くなる。
ノアは続ける。
「これは壊れている」
静寂。
世界模型の一部を指差す。
黒い侵食。
その奥。
線が千切れている。
本来繋がるはずのものが。
繋がっていない。
執行者は何も言わない。
だが。
否定もしない。
ノアは確信した。
「病気だ」
世界は死んでいるんじゃない。
壊されている。
その瞬間だった。
選定者の笑い声が響く。
どこからともなく。
楽しそうに。
本当に楽しそうに。
「面白い」
誰もいない。
だが声だけが聞こえる。
「見え始めたか」
ノアは周囲を見る。
姿はない。
選定者は続ける。
「だから嫌なんだ」
「境界は」
執行者が空を見る。
珍しく。
苛立っていた。
「出てこい」
選定者は笑う。
「嫌だね」
即答だった。
「今は観客だ」
グラムが顔をしかめる。
「何なんだあいつは」
誰も答えない。
だが。
ノアは気付いていた。
選定者。
執行者。
案内人。
三人とも。
この世界の住人じゃない。
何かが違う。
根本的に。
その時だった。
世界模型の一部が砕けた。
パキン。
小さな音。
だが。
全員の顔色が変わる。
神聖国だった。
模型の一部が崩れる。
そして。
黒い侵食が広がる。
セレスが息を呑む。
執行者が呟く。
「始まった」
静かな声。
だが。
初めて焦りが見えた。
案内人が聞く。
「どこですか」
執行者は目を閉じる。
数秒。
そして。
答えた。
「神聖国西部」
セレスが立ち上がる。
即座に。
「行きます」
迷いがない。
グラムも笑う。
「当然だ」
ノアは模型を見る。
黒い侵食。
そして。
その中心。
何かが見えた。
小さな一点。
まるで。
誰かが世界へ穴を開けているような。
違和感。
境界が警鐘を鳴らしていた。
執行者が振り返る。
初めて。
ノアへ向けて言う。
「見つけろ」
静かな声。
「終焉の原因を」
世界が揺れる。
塔が揺れる。
そして。
ノアは初めて理解する。
戦争を終わらせる。
英雄を倒す。
そんな話ではなかった。
もっと大きい。
もっと根源的な話だった。
世界そのものが。
壊れ始めている。




