2-1 黒い影
第二章
焔帝編
第一話
風が吹く。
草原。
共和国軍。
神聖国軍。
合わせて十数万。
その全員が沈黙していた。
理由は単純だった。
目の前にいる。
たった三人のせいだ。
聖女セレス。
焔帝グラム。
そして。
英雄狩りノア。
世界の均衡を支える二人の英雄と。
その均衡を壊そうとする男。
本来なら。
絶対に交わらない。
だから。
誰も理解できなかった。
なぜグラムが来たのか。
グラムは剣を肩へ担ぐ。
そして。
ノアを見る。
「続きをやろう」
楽しそうだった。
戦争をしている時より。
遥かに。
ノアは答える。
「断る」
静寂。
共和国軍。
神聖国軍。
全員が固まった。
グラムも。
「……何?」
珍しく間抜けな声だった。
ノアは真顔で言う。
「お前と戦う理由がない」
リゼが吹き出しそうになる。
必死で耐える。
クロードは笑っている。
グラムは数秒固まった。
そして。
大笑いした。
「ははははははは!!」
止まらない。
本当に止まらない。
セレスですら少し呆れている。
「面白いな」
グラムが笑う。
「お前」
「本当に面白い」
ノアは答えない。
事実を言っただけだった。
グラムを殺しても。
今は意味がない。
戦争は終わらない。
それを少しだけ理解し始めていた。
だから。
戦わない。
グラムは笑みを消した。
「なら」
一歩前へ出る。
「俺が戦いたい」
ノアは即答した。
「知らん」
クロードがとうとう吹き出した。
セレスも少しだけ目を細める。
グラムは頭を掻いた。
困っていた。
世界最強が。
本当に。
困っていた。
⸻
その時。
セレスが口を開いた。
「グラム」
静かな声。
だが。
空気が変わる。
グラムが視線を向ける。
「何だ」
「あなたは何故ここにいるのですか」
グラムは笑った。
「面白そうだったから」
即答。
神官達が頭を抱える。
共和国軍も頭を抱える。
理由になっていない。
だが。
グラムにとっては十分だった。
セレスはため息を吐く。
そして。
ノアを見る。
「あなたは」
「何だ」
「英雄を殺したいんですか」
ノアは少し考える。
数秒。
十秒。
そして。
首を振った。
「違う」
初めてだった。
はっきり否定したのは。
セレスが目を細める。
グラムも聞いている。
ノアは続けた。
「戦争を終わらせたい」
風が吹く。
誰も喋らない。
「そのために英雄を殺そうと思った」
「だが」
少しだけ。
迷う。
初めて。
本当に初めて。
「分からなくなった」
静寂。
その言葉は重かった。
英雄候補。
グラム。
セレス。
全部見た。
全部違った。
だから。
分からなくなった。
グラムは笑わなかった。
セレスも笑わなかった。
二人とも理解していた。
その言葉の重さを。
⸻
そして。
セレスが聞く。
「なら」
「答えを探しますか」
ノアは頷く。
「そうだ」
セレスも頷いた。
「私もです」
静寂。
グラムだけが首を傾げる。
「何の話だ?」
リゼが呟く。
「英雄って全員面倒くさいですね」
クロードが頷く。
「分かる」
⸻
その時だった。
空が暗くなる。
雲ではない。
何かが通った。
全員が空を見る。
グラム。
セレス。
ノア。
三人同時に。
そして。
初めて。
三人の表情が変わった。
空高く。
何かが浮いている。
人影。
黒い外套。
遠すぎて顔は見えない。
だが。
そこにいる。
ただ。
見下ろしている。
世界を。
英雄を。
ノア達を。
グラムの笑みが消えた。
セレスの目が細くなる。
空気が変わる。
今までとは違う。
英雄ですら警戒する何か。
黒い人影は。
ほんの一瞬だけこちらを見た。
そして。
消えた。
静寂。
風だけが吹いている。
数秒。
誰も喋らない。
最初に口を開いたのはグラムだった。
「……見たか?」
セレスが頷く。
ノアも頷く。
そして。
初めてだった。
世界最強の英雄が。
少しだけ。
不機嫌そうな顔をした。
「面白くなってきたな」




