1-12 三つ巴
第一章
英雄狩り編
第十二話
セレスは微笑んだ。
本当に僅かに。
だが。
その瞬間だった。
ノアの背筋に寒気が走る。
英雄候補とは違う。
グラムとも違う。
目の前の少女は。
根本から違う。
「あなたは迷っているんですね」
セレスが言った。
ノアは答えない。
「英雄候補を殺した」
「グラムとも戦った」
「でも」
セレスは静かに首を傾げる。
「まだ答えが見つかっていない」
風が吹く。
草原が揺れる。
ノアはセレスを見る。
「お前は見つけたのか」
セレスは即答した。
「はい」
迷いなく。
一切の躊躇なく。
ノアは少しだけ目を細める。
「何だ」
セレスは空を見る。
遠く。
神聖国軍。
共和国軍。
二つの軍勢。
数十万人。
その全てを見渡すように。
そして。
言った。
「人は救われたいんです」
静かな声だった。
「だから英雄を求める」
「だから王を求める」
「だから神を求める」
ノアは黙って聞いている。
セレスは続けた。
「戦争が終わらない理由は英雄じゃない」
「人です」
静寂。
ノアの眉が僅かに動いた。
セレスは見逃さない。
「英雄を殺しても終わらない」
「王を殺しても終わらない」
「何故なら」
その蒼い瞳がノアを見る。
まっすぐ。
逃げ場なく。
「人が望むからです」
風が止まる。
ノアは何も言わない。
だが。
頭の中で。
グラムの言葉が蘇る。
⸻
俺を倒しても戦争は終わらん
⸻
英雄を殺しても終わらない。
人が望むから。
似ていた。
考え方は違う。
だが。
結論が。
⸻
その時だった。
遠くから伝令が走ってくる。
顔色が悪い。
異常なほど。
神官達もざわめく。
セレスが振り返る。
「何ですか」
伝令は膝をついた。
息を切らしながら。
そして。
叫ぶ。
「帝国軍です!」
草原がざわつく。
セレスの目が細くなる。
「帝国軍?」
「撤退したはずでは」
伝令は首を振った。
「違います!」
「軍ではありません!」
意味が分からない。
伝令は続ける。
「一人です!」
静寂。
ノアだけが理解した。
そして。
笑った。
初めて。
少しだけ。
「馬鹿だな」
リゼが頭を抱える。
嫌な予感しかしない。
セレスはノアを見る。
「誰ですか」
ノアは答えた。
「世界最強だ」
その瞬間。
遠くの丘。
たった一人の影が現れる。
赤い髪。
巨大な剣。
赤黒い外套。
誰もが知る男。
焔帝グラム。
神聖国軍十万。
共和国軍数万。
その全員が見ている前で。
グラムは一人で歩いてきた。
副官もいない。
護衛もいない。
本当に一人。
セレスが呟く。
「正気ですか」
グラムは聞こえていた。
笑う。
「正気だから来た」
そして。
ノアを見る。
楽しそうに。
心の底から。
「続きをやろう」
静寂。
リゼが思った。
本当に。
本当に。
この二人は頭がおかしい。
だが。
セレスは違った。
初めて。
少しだけ。
驚いていた。
焔帝グラム。
世界最強。
その男が。
戦争を放り出してまで会いに来た。
たった一人の人間のために。
そして。
セレスは理解する。
ノア。
この男は。
もう世界を動かし始めている。
英雄候補。
グラム。
セレス。
世界を支える英雄達が。
全員。
この男へ引き寄せられている。
風が吹く。
三人が向き合う。
世界の均衡が。
初めて揺らいだ瞬間だった。




