1-11 聖女
第一章
英雄狩り編
第十一話
神聖国軍の侵攻。
その報は一夜で共和国全土を震撼させた。
昨日まで祝宴だった。
帝国軍撤退。
共和国勝利。
英雄なき勝利。
誰もがそう信じていた。
だが。
現実は違った。
神聖国十万。
国境通過。
先頭。
《聖女セレス》。
世界五英雄の一人。
共和国軍上層部は混乱していた。
「何故だ!」
将軍が机を叩く。
「同盟国だぞ!」
「宣戦布告は!?」
「ありません!」
会議室が騒然となる。
誰も理解できない。
神聖国は中立に近い。
少なくとも。
侵略国家ではない。
その神聖国が。
何故。
そして。
誰も気付いていなかった。
一人を除いて。
「俺だな」
ノアだった。
会議室が静まる。
将軍達が振り向く。
「何だと」
「目的は俺だ」
静かな声。
当たり前のように言う。
将軍達は言葉を失う。
「……馬鹿馬鹿しい」
老将軍が吐き捨てる。
「お前一人のために十万動かすか」
ノアは答えない。
ただ。
窓の外を見ていた。
「動かす」
即答だった。
「英雄はそういう生き物だ」
静寂。
リゼは頭を抱えた。
また始まった。
ノアの英雄論。
だが。
今まで外れたことがない。
それが厄介だった。
⸻
三日後。
共和国北部平原。
神聖国軍。
十万。
整然と並ぶ軍勢。
白銀の旗。
白銀の鎧。
統率された行軍。
美しいほどだった。
そして。
その中央。
白い馬に乗る一人の少女。
セレス。
聖女。
世界五英雄の一人。
誰も近寄らない。
近寄れない。
神官ですら。
護衛ですら。
一定距離を保つ。
それが普通だった。
セレスは報告書を読んでいた。
何度目かも分からない。
ノア。
英雄候補殺害。
帝国軍撤退。
親衛隊壊滅。
全部同じ男。
「変ですね」
隣の神官長が呟く。
セレスは顔を上げる。
「何がですか」
「人間です」
神官長は言う。
「英雄候補は分かります」
「親衛隊も分かります」
「ですが」
少し迷う。
「グラムです」
セレスは黙る。
神官長は続けた。
「グラムは撤退した」
「そうです」
「あり得ません」
静寂。
確かに。
あり得ない。
焔帝グラム。
あの男は負けない。
少なくとも。
戦場では。
だからこそ。
セレスも興味を持っていた。
ノア。
その男に。
⸻
同じ頃。
共和国国境。
小さな丘の上。
ノア。
クロード。
リゼ。
三人は神聖国軍を見ていた。
十万。
圧巻だった。
クロードが口笛を吹く。
「多いな」
「多いですね」
リゼも同意する。
そして。
二人同時にノアを見る。
「どうするんです?」
ノアは答えた。
「会う」
「ですよね」
リゼは諦めた。
予想通りだった。
十万の軍勢。
英雄。
神聖国。
全部無視。
会いに行く。
この男はそういう男だった。
⸻
その日の夕方。
共和国と神聖国。
両軍の中間地点。
広大な草原。
誰もいない。
その中央。
一人の少女が立っていた。
セレス。
聖女。
英雄。
そして。
その向かい。
ノア。
英雄狩り。
二人は初めて向き合った。
風が吹く。
草が揺れる。
静かだった。
驚くほど。
先に口を開いたのはセレスだった。
「初めまして」
ノアは少し意外そうだった。
もっと敵意があると思っていた。
「そうだな」
「ノア」
「そうだ」
セレスは数秒見つめる。
そして。
聞いた。
「何故ですか」
「何がだ」
「何故」
静かな声。
本当に静かな声。
「英雄候補を殺したのですか」
ノアは少し考える。
そして。
答える。
「戦争を終わらせたい」
セレスは頷く。
予想通りだった。
だが。
次の言葉は予想外だった。
「なら」
セレスが聞く。
「私も殺しますか」
風が止まる。
ノアは黙る。
セレスも黙る。
遠くでは十万の軍勢が見ている。
共和国軍も見ている。
世界が見ている。
そして。
ノアは答えた。
「まだ分からん」
セレスの目が少しだけ揺れた。
初めてだった。
英雄候補の時。
グラムの時。
ノアは迷わなかった。
だが。
今は違う。
セレスは理解する。
この男は。
答えを持っていない。
だから危険だ。
そして。
だから面白い。
聖女は微笑んだ。
本当に僅かに。
「そうですか」
その瞬間。
ノアの背筋に寒気が走った。
英雄候補でも。
グラムでもない。
全く別種。
目の前の少女は。
危険だった。




