4-37 授けられた力
第四章
七賢者編
第三十七話
神殿に静寂が流れる。
アベルは両手で剣を握ったまま、グラムを見つめていた。
張り詰めた空気。誰も動けない。
やがて。アベルは静かに剣を鞘へ納めた。
「……?」
グラムが眉をひそめる。
「戦わないのか?」
アベルは小さく笑った。
「その前に話しておくことがある。」
セレスが一歩前へ出る。
「七賢者である理由か?」
「違う。」
アベルは首を横に振る。
「もっと前の話だ。」
ゆっくりと五人を見る。
「お前達は自分がいつ英雄になったと思っている?」
誰も答えない。
グラムが口を開く。
「能力に目覚めた日だ。」
「違う。」
ガイアス。
「生まれつきか?」
「違う。」
アイリス。
「才能。」
「違う。」
バルド。
「努力。」
アベルは微笑んだ。
「それも違う。」
静寂。
アベルは右手を上げる。
「英雄は生まれない。」
一拍。
「創られる。」
その言葉に全員の表情が固まった。
「……何だって?」
グラムが低く呟く。
アベルは続ける。
「英雄候補。」
「聞いたことはあるな。」
セレスが頷く。
「ああ。」
「ときどき現れる。その一人がノアに処刑された。」
アベルは目を閉じる。
「彼にも会った。処刑される数日前にな。」
ノアの脳裏に、あの青年の姿が浮かぶ。
処刑台で叫び続けた青年。
『俺は英雄なんだ!』
その叫び。あれは狂気ではなかったのか。
「まさか……。」
セレスの顔色が変わる。
アベルは静かに頷いた。
「英雄候補には。全員、会っている。」
神殿が静まり返る。
「じゃあ……。」
バルドが声を震わせる。
「俺達も……?」
「そうだ。」
アベルは迷わない。
「お前達とも会っている。」
グラムが首を振る。
「そんな記憶はない。」
「ないようにした。」
その一言で全員が息を呑んだ。
「記憶を……?」
「消した。」
アベルは淡々と言う。
「その方が英雄は育つ。」
セレスはアベルを睨む。
「何をした?」
アベルはゆっくりとセレスを見る。
そして静かに答えた。
「私は才能を見つける。」
「そしてその才能へ最も相応しい力を授け、飛躍させる。」
グラム。ガイアス。アイリス。セレス。バルド。
一人ずつ見つめる。
「それが育成者である私の能力《ギフト(授与)》だ!」
誰も声を出せなかった。
アベルは笑う。優しく。どこか誇らしげに。
「安心しろ。私は何一つ後悔していない。」
「お前達は私の想像を超えてくれた。」
その時だった。
神殿の奥から。重く。冷たい足音が響く。
カツ。
カツ。
カツ。
アベルの表情だけが変わる。初めてだった。
「……来たか。」
その一言に空気が凍る。
暗闇の奥から黒い外套を纏った男が姿を現す。
腰には一本の黒い剣。顔には何の感情もない。
男はアベルだけを見て言った。
「育成者。役目は終わったか。」
アベルは静かに頷く。
「ああ。終わった。」
男はゆっくり剣へ手を掛ける。
「ならば。次の役目だ。」
グラムが反射的に前へ出る。
「誰だ、お前。」
男は一切視線を向けない。
ただ、冷たく名乗る。
「七賢者。執行者。」
その瞬間、アベルは静かに目を閉じた。
そして。
誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
「……すまない。」




