4-36 剣聖アベルの真実
第四章
七賢者編
第三十六話
神殿に静寂が落ちた。
「…………師匠?」
グラムの声だけが響く。
男は静かに立ち止まる。数秒。誰も動かなかった。
やがて男はゆっくりと振り返る。フードが落ちる。
白く伸びた髪。鋭い、それでいてどこか優しい瞳。
そして。
右頬に走る一本の古傷。
グラムの瞳が揺れた。
「……やっぱり。アベル。」
バルドが聞く。
「知り合いなのか?」
セレスも言葉を失う。グラムはゆっくり前へ出た。
「なんで……。」
それ以上、言葉が出ない。
アベルは穏やかに笑った。
「驚いたか。」
その笑顔は。別れた時と何も変わらない。
グラムは拳を握り締める。
「黒い線を追うって言ってただろ。」
「何で。何で七賢者なんだ。」
沈黙。アベルは空を見上げる。
「黒い線は追っていた。それは嘘じゃない。だが。」
ゆっくりとグラムを見る。
「私は元々七賢者だ。」
その一言で。空気が凍った。
「……は?」
グラムが思わず声を漏らす。セレスは言葉を失う。
「つまり最初から敵だったってことか?」
アベルは首を横へ振る。
「違う。敵でも味方でもない。私は私の役目を果たしていただけだ。」
グラムが一歩踏み出す。
「役目?」
「英雄を育てる。それだけだ。」
バルドが眉をひそめる。
「育てる?」
アベルは答えない。代わりに剣を抜く。
カチリ。
聞き覚えのある音。グラムの瞳が大きく開く。
「その構え……。」
昔。何千回と叩き込まれた構え。無駄がない。
呼吸すら読めない。グラムは自然と剣を握る。身体が覚えている。
アベルは静かに言う。
「見せてみろ。お前がどこまで辿り着いたのか。」
その瞬間。炎が噴き上がる。グラムが踏み込む。
「うおおおおっ!!」
一閃。帝国最強。焔帝グラムの剣。
アベルは半歩。半歩だけ身体をずらした。
炎は空を斬る。
「遅い。」
コン。
剣の腹がグラムの額へ当たる。
その一撃だけでグラムの身体が数十メートル吹き飛んだ。
「グラム!!」
セレスが叫ぶ。
グラムは受け身を取りながら着地する。目を見開いていた。
「……嘘だろ。」
本気だった。今の一撃は記録者を超えた今の自分の全力。
それを。剣を振ることすらなく半歩だけで。
「成長したな。」
アベルは穏やかに頷く。
「だが。まだ届かない。」
静かな声だった。
しかし、そこには確かな誇らしさがあった。
まるで弟子の成長を喜ぶ師のように。
グラムは息を整える。
「……師匠。一つだけ聞かせろ。」
アベルは頷く。
「何だ。」
「俺は今まで何を信じて戦ってきた。」
アベルは少しだけ目を閉じた。
そしてゆっくり口を開く。
「それは。」
「次の一太刀を受け止めたら教えよう。」
その瞬間。神殿中へ、とてつもない殺気が広がった。
アベルが初めて。両手で剣を握る。
グラムの背筋を冷たい汗が流れた。
(……これが。)
(師匠の本気。)




