第三十九話 私の最後の覚醒の鍵は
アルヴィンは、静かに剣を構えた。
血に濡れた床。張り詰めた空気。そのすべてを背負うように、一歩、前へ出る。
「俺は騎士団副団長――アルヴィン・ヴァルディア」
切っ先が、まっすぐに悪魔を指す。
「お前を打倒する。少なくとも……リリアを逃がすまでは、お前を自由にさせる気はない」
その声に、迷いはなかった。
「前回の戦いまでは、騎士団などいなかったのに……」
メフィスディーテが、どこか懐かしむように呟く。
「それはこっちのセリフだ」
アルヴィンは吐き捨てた。
「悪魔なんて、おとぎ話の中の存在だと思っていたがな」
「とはいえ――所詮、人間」
その言葉と同時に、空気が裂けた。
――来る!
マルクスの身体が、常識を超えた速度で踏み込む。
ナイフが閃く。
人間の速さではない。
だが――
キィンッ!!
アルヴィンの剣が、その軌道を正確に捉えた。
間合いを崩さない。無理に攻めない。確実に“いなす”。
まるで風を読むような剣さばきだった。
その隙に――
リリアは、レオニスの元へと這うように近づく。
「……お願い……」
震える手を重ね、祈りを紡ぐ。
淡い光が、二人を包み込んだ。
――回復が、始まる。
メフィスディーテは、それを一瞥した。
だが――何も言わない。
止めようともしない。
(……妙だな)
アルヴィンの思考が巡る。
(リリアとレオニスが、あっさり回復に入れている……)
(俺が攻め続けているからか? それとも――)
剣を振るいながら、違和感を噛み締める。
(あいつの目的は、本当にリリアたちの排除なのか?)
(……わからん)
だが――
(俺の役目は変わらない)
鋭く踏み込み、さらに攻勢を強める。
(リリアを逃がす。それだけだ)
やがて――
時間が、わずかに積み重なる。
光が収まり、リリアとレオニスの呼吸が整っていく。
傷は、ほぼ癒えていた。
アルヴィンは大きく距離を取り、振り返る。
「よし、レオニス。リリアを連れて一旦逃げてくれ」
短く告げる。
「ここは、俺が食い止める」
「ダメよ」
即答だった。
リリアの瞳が、強く揺れる。
「アルヴィンがやられたらどうするの? 私がいないと回復できないはずよ」
「いいんだ」
アルヴィンは静かに言う。
「君が生き残れば、希望は残る。それに――レオニスがいる。あいつは君を守る」
「私は、それがいやなの!」
一歩、踏み出すリリア。
「アルヴィンを犠牲にしたくない……私も残る!」
沈黙が、一瞬落ちた。
そして――
「ははっ」
レオニスが小さく笑った。
「アルヴィン。私も君の意見には賛成だが……リリアは頑固者だ。言う通りにするしかないぞ」
「しかし――」
「もしかしたら、勝てるかもしれない」
レオニスの目が、真剣に細められる。
「君たち騎士団は、対魔物だけでなく、対悪魔との戦いにも備えて鍛えられている」
アルヴィンの剣を指さす。
「その剣……毎日、訓練終わりに聖水で清めているだろう?」
「……ああ」
「それが答えだ。それは既に――聖剣となっている」
空気が、わずかに変わる。
「悪魔にダメージを与えられる剣だ」
「レオニス……なぜそれを知っている?」
「今は説明している時間はない」
レオニスは淡々と続ける。
「だが、一つだけ覚えておけ。君は――悪魔と戦える力を持っている」
そして、魔力を練る。
「私が援護する。リリアが回復で支える」
鋭く言い切った。
「君は、メフィスディーテを動けなくしてくれればいい」
「その後は……リリアの浄化で倒せるかもしれない」
「三人がかりかしら?」
メフィスディーテが、くすりと笑う。
「ちょっとまずい展開になってきたかな?」
――次の瞬間。
空気が、変わった。
「……なんてね」
低く、歪んだ声。
「ふふ、ふふふふふふ……」
どす黒いオーラが、噴き出すように溢れ出る。
空間そのものが軋む。
マルクスの姿が溶け去り、中から、魔女が現れる。
自らの素体を作り出したのだ。
メフィスディーテの完全体が姿を現す。
アルヴィンとレオニスは、同時にリリアの前へ立った。
「な……まさか……!」
レオニスの声が震える。
「最終覚醒を……悪魔が……!?」
そして――理解する。
「……そうか」
「ふふふ。ようやく気付いたようね」
メフィスディーテの瞳が、妖しく光る。
「そう。私の最後の覚醒の鍵は――女神の神聖なる血よ」
――あの時。
リリアが刺された瞬間。
奪われていたのだ。
女神の血が。
膨れ上がる力。
圧倒的な存在感。
もはや――別次元。
どうにもできない。
三人の顔に、絶望が落ちる。
悪魔だけが、嗤う。
(……そういうことか)
アルヴィンは歯を食いしばる。
(最終覚醒の手段を持っていた……だから回復も見逃したのか……!)
(くそ……どうする……!)
(リリアが覚醒すれば対抗できるかもしれない……だが……)
レオニスの思考もまた、袋小路に陥る。
その時だった。
「おにいちゃん!!」
声が響いた。
振り向く。
そこにいたのは――エリシア。
そしてベネディクト。
さらに、その二人に支えられながら現れた――二つの人影。
「……!」
レオニスの目が見開かれる。
「リリアの……両親だ!!」
(なぜここに……いや……!)
(エリシアとベネディクトが救出したのか!)
一方、リリアは息を呑む。
(あれが……私の……両親……?)
「なぜそこにそやつらが!!」
メフィスディーテの表情が、初めて歪んだ。
「おのれ……!! 殺しておけばよかったわ!!!」
次の瞬間。
黒い触手が、無数に伸びる。
その先端は刃と化し――一直線に、リリアの両親へ。
「アルヴィン!!」
レオニスが叫ぶ。
「あれはリリアの両親だ! 最終覚醒の希望だ、絶対に守れ!!」
「言われなくても、そのつもりだ!」
すでに――アルヴィンは動いていた。
彼らの前に立ち塞がる。
――斬る。
――弾く。
――流す。
神速の剣技が、触手をすべて防ぎ切る。
「く……やっかいな騎士だ……聖剣か……!」
メフィスディーテが唸る。
「ルオーネ王め……わらわとの戦いに備えていたのか!」
そう――
ルオーネ王家は、過去の戦いから学び続けてきた。
代々の王が備え、磨き上げた対悪魔戦術。
その結晶が――今、アルヴィンの手にある。
聖剣が、光を帯びる。
アルヴィンは、なおもさばき続ける。
(……人間も、やるものだな)
レオニスは静かに思う。
(ならば――我ら神の末裔も、役目を果たさねば)
そして、振り返った。
「エリシア、ベネディクト――」
声に、確信が宿る。
「女神の最終覚醒の儀式だ」
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